Αphone

奇想しらす

第一章 Justice Face In Your Black

プロローグ

 放課後の通学路。

 高校生の鴉馬走からすまはしるは、スマホでニュースを見ながら、薄暗い住宅街を歩いていた。

「2030年頃から度々起きているカゲロウ事件は今も起きており、一部研究家からは新月の夜に起きやすいと推測されており――」

 走は立ち止まり、顔を上げて月を確認する。

 空は真っ暗で、月は見えない。

――新月。

 走がポツンと立っていると背中に衝撃が来る。

「かーらすっま」

「わ」

 その衝撃は友人の公影こうえいが、後ろから飛び付いてきたものだった。

「飛び付くなよ、公影」

「すまんすまん」

 走は公影をひっぺがし、仕返しに足を蹴る。

「ん、なにみてんの?」

 走の手にあるスマホを公影が後ろから覗き込んでくる。

「あー、カゲロウ事件か、怖いよな、目撃者全員失踪して、もう何十人もいなくなってる、しかもこんな薄暗い夜に」

 公影は走の反応を楽しみにニヤけながら話す。

「やめろよ、意識しちゃうだろ!」

 走は怒鳴る。

 予想通りの反応に公影はニヤニヤが止まらないようだ。

「そうだなって、おおい!」

 ニヤつく公影の目に止まった走のスマホ、その背面に描かれたロゴとフォルムに驚きの声を上げる。

「うるさ」

 走のスマホの変化に気づいた公影はスマホを取り上げる。

「これ、Aphoneの最新機種じゃん!」

 公影はなめ回す様に、鼻息荒く、走のスマホを見る。

「まあ、もう最新じゃなくなるけど……」

「返すわ」

「うん」

 走が出した手の上に、公影はスマホを置く。

「ありがと、話戻すけどさ」

 走が話し出した時、二人はちょうど分かれ道に居た。

「悪い、俺用事あったの思い出したから、近道使うわ、じゃあな!」

 分かれ道に着いた公影は走の家路とは反対に走っていく。

「う、うん」

 公影の姿は暗い道に包まれて消えていく。

「はあ」

 走はさっきの会話を思い出してしまい、少し怯えながら家路につく。

――なんであんな話をするんだ。

 走は顔を上げて、ゆっくりと歩き出す。

 街灯が照らす道は青白く、月明かりに似ている。

 走はもう一度、空を見上げる。

――やっぱり新月。

 走は仕方無さそうに前を向く、すると異様な光景に立ち会った。

 走の足が本能で止まる。

「歪んでる?」

 走はポツリと一言溢した。

 走の目の前を照らす街灯の光は風に靡くカーテンのように揺れている。

 走は思わず街灯を見上げた、ネジが緩んでいるのかと思った。

 だが、風のない午後六時、ネジが緩もうと揺れることはない。

「陽炎? この時期に……?」

 走は街灯から目の前の異常に視線を移す。

 依然と光は揺れている。

 走が疑った陽炎もすぐに選択肢から消える。

 夏休みが終わり、草木は紅く染まり始め、寒風が吹き込む時期。

 陽炎など有り得ない。

――久々の練習試合で疲れたのか?

 走は目を擦って、また同じところを見つめる。

 走は唾を飲み込み、意を決して足を動かす。

 走は少しずつ、揺れる光に近づいていく。

 そして気付いた、これは光ではないと。

 光まであと数歩。

 光の隙間から黒い姿が一瞬見えた。

 そこで走は正体に気付く。

「――カゲロウ…………!」

 走はすぐさま振り向き、走り出す。

「キィィィィィ……ビャアアアアアア!!!」

 カゲロウの姿が現れ、叫ぶ、その声に反応し、空間が歪みだす。

 そこからカゲロウが現れる。

 正確に言えば、カゲロウは光の反射を利用し、風景に溶け込んでいた。

 カゲロウ達は走を追いかける。

 今夜は新月、光の無い所は何も見えない暗闇、その闇より黒き異形の怪物――カゲロウ。

 漆黒の姿は人に似た、その姿が走に更なる恐怖を与える。

「来るな!」

 走は積み上がったダンボールを蹴り、道を塞ぐが無駄だった、カゲロウはダンボールをやすやすと超えていく、人型だが人ではない。走の視界は絶望で、恐怖で歪んでいく。

「なんなんだよ!」

 走はこの状況に無駄だと分かっていながら文句を言う。さっき通った道を右に曲がる。

――とにかく電話を。

 走はスマホをだそうと速度を落とす、その瞬間カゲロウが速度を上げた。

「ギィァ!!」

 カゲロウの鋭く黒い手が走のふくらはぎに届き、切り裂いた。不意の攻撃に走は体勢を崩し、アスファルトに倒れ込む。

 幸いにもアキレス腱には届いておらず、逃げることは出来るが、その気力が走に残っているか……。

 倒れている走にカゲロウは襲いかかる。走は目を閉じ、死を覚悟した。

 数秒、走は生きている実感が感じられなかったが、激しく脈打つ心臓、出ていく血、バイクのエンジン音、瞼を貫くほどの光が走の身体を起こした。

 走が目を開くと、黒いロングコートを羽織った男がカゲロウを薙ぎ払っていた。

「ふう、間に合った」

 男の手にはナイフ、体育教師のように大きい体。

「は……」

「君、名前は?」

 男は屈み、走と目線を合わせる。

 少しゴツい顔立ちで真っ直ぐこちらを見詰める目が走に安心感を与えた。

「えっと、鴉馬走……です」

「そうか、俺は黒武勝鳥くろたけかつどり、俺のバイクに乗れ、安全なとこに連れてってやる」

 走はホコリを払いながら立ち上がる。

「は、はい!」

 走は黒武からヘルメットを受け取り、深く被り、バイクに乗る。

 その頃にはとっくに恐怖は消えていた。

「あの、カゲロウについて何か知ってるんですか?」

「まあな、後で説明してやる」

 バイクに乗った二人をカゲロウ達が追いかける。

 遅れてやってきたのだろう。

「チッ」

 黒武はスマホに何かを取り付け、体を捻り発砲する。

「銃!?」

 走は右手で耳を抑えながら、左手でバイクを掴みながら聞いた。

「それも後でな」

 弾を込め、セーフティーを外し、発砲する。カゲロウの体に穴が空く。

「どこに向かってるんですか?」

 カゲロウが減り、落ち着いてきた時を見計らって、走は質問する。

「安全な場所だ」

「具体的にどこですか」

「俺の隠れ家だよ」

 走は黒武の曖昧な返答に不信を募らせる。

「止めてください、こっからは自分で帰ります」

「やめろ! どうなっても良いのか」

「ここまでありがとうございます。ほっ!」

 走はバイクから飛び降りる。右手から地面に触れ、背中から転がり直ぐに起き上がり走り出す。

――ここから家まで大体500メートル。

「またどこかで!」

 走はヘルメットを投げ、走り出す。カゲロウ達は走の方に狙いを定め、追いかける。

「めんどくせぇな」

 黒武もバイクを180°回転させ、走を追う。

「こっち」

 走が曲がるとカゲロウも曲がる。

「はあ、来るな」

 走はサッカー部で養った走力を存分に発揮し、カゲロウを突き放していく。

――次は左。

 走はグルッと周囲を確認した時、つい動きが止まった。

 走の闇に慣れた目は見逃さなかった、右の道路で見えてしまった。

「公影!?」

 思わず叫んだ。

 遠くでさっき別れた公影がカゲロウに襲われている。

「やめろォ!」

 公影の苦しく虚しい叫びがここまで聞こえてくる。

「くっ」

――逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。

 走の思考はその言葉に支配される。公影を見殺しにしようと目を背ける。切られた足がまた痛みだす。

「走! あぶねえとこに行きやがって、暗ければ暗い程、カゲロウは強くなるんだよ」

 後ろから黒武が追ってくる。突き放したカゲロウ達も追いつこうとしていた。

 走はチラッと公影の方を見た。

「!」

――泣いてる。

 走は公影の涙ぐんだ顔を見て、なにか衝動に駆られた。気づけば、走は走り出していた。

 カゲロウは腕を上げ、今にも殺そうとしている。

――間に合え! さっき僕を助けてくれた黒武さんのように。

 地面を蹴り、足を上げて、公影の元に向かう。

「公影!」

 走は叫び、その声でカゲロウの動きが止まる。

「くらえ!」

 走は公影を襲っているカゲロウにバックを投げつける。だが効いてる様子はない、ただこちらを警戒してか5メートル程離れた。

「はあはあ、走?」

「逃げて!」

 情報が公影の頭に入っていく。

「あ? ああ、うわぁぁあ!」

 公影は腰が引けて、うまく立てず、パニックになっている。

「ギャビガアア!!!」

 邪魔され、怒ったようにカゲロウは走に襲いかかる

「ハアァァァ!」 

 走は素早く拳を振る、拳はカゲロウに効いていない。カゲロウは走を蹴飛ばす。

 それに続いて仲間のカゲロウが激しい攻撃を走に浴びせる、服が切れ、身体中に切り傷が増えていく。

「馬鹿野郎」

 黒武は2発でカゲロウの両腕両足を撃ち抜き、更に走の周りにいるカゲロウを巧みな足技で蹴散らす。

「公影ってやつ、早く逃げろ」

「は、はい!」

 立ち上がった公影はゆっくり塀を伝って立ち上がり、逃げていく。

「走」

――怒られる。

「……なんですか」

「パーフェクト!」

「へ?」

 走は予想外の言葉に何処か間抜けな声が出た。

「よく立ち向かった!」

「と……友達なので……」

「走、明日学校が終わったら校門の前で待ってろ、俺ん家に連れてってやる。絶対に来い、お前に頼みがあるから」

「頼み?」

「ああ、それと絶対にカゲロウの事は話すなよ」

「は、はい。もちろんです」

「そうゆうことで、じゃあな」

 ヘルメットを被り直した黒武がバイクに乗り、すぐに遠くへ行ってしまった。

 走は家に帰ると、ボロボロの服と身体を見た親に叱られ、ぐったりとベッドの上で横になり、天井を見ながら呟いた。

「はあ、これからどうなるんだろ」

 これは1人の青年の継承の物語。

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