グレイス-愛のキューピッド- (後半)

 陽菜ひなちゃんのいえあつまるようになった当初とうしょ

「まだかえらないの?」

 とか、

今日きょうおそくなるの?」

 ってママから何度なんどもメールがあったけど、最近さいきんでは連絡れんらくもまばら。

 多分たぶんさっしていたんだとおもう。

 わたしがグレイスにいたくないんだって。

 ウンチをめられた場所ばしょ出来できなくなって、部屋中へやじゅうよごされちゃって。

 片付かたづけがいやなんだ、面倒めんどうたくないんだってママはおもっていたみたい。

 でも、それはどうでもいいの。

 べつじゃなかったもん。

 本当ほんとうはね、グレイスが今日明日きょうあすにもわたしまえからえちゃうんじゃないかって。

 それがこわかっただけ。

 そんないやはなしをするパパにもいたくなかった。

 現実逃避げんじつとうひして、みんなとはなしをして、なるべく夜遅よるおそくにいえかえった。

 グレイスの様子ようす一人ひとりでお風呂ふろ直行ちょっこう

 あたたまったらすぐベッドにもぐんで。

 朝起あさおきてそのまま学校がっこうくの。

 部屋へやときかすかにグレイスのこえこえるんだ。

さみしいよ」

 って。

今日きょうはやかえっててよね」

 ってってるみたいだった。


 そんな毎日まいにちつづき、冬休ふゆやすみが目前もくぜんせまったある

 いつもどお陽菜ひなちゃんあつまったの。

 話題わだいはクリスマスの予定よてい

 四人よにんとも彼氏かれしなんていないから、あつまってパーティーでもしようか。

 そんなはなしがるなか、スマホがった。

 滅多めったにないパパからの着信ちゃくしんだった。


なに?」

ゆい、すぐかえってなさい」

「なんでよ、わたし部活ぶかつで……」

「グレイスが大変たいへんなんだ」

「……えっ!?」

いまから病院びょういんだ。すぐかえれるか? じゃなかったら……」

かえる! かえるよ! ちょっとだけって!」

何分なんふんもどれる?」

「すぐくから! 二十分にじゅっぷん!」

かった、いそいでな」

「うん……グレイスにも、すぐくからねってっておいて」

「ああ。つたえよう」


 グレイスが?

 ウソでしょ?

 はやかえらなくちゃ!

 そうおもっても、あしうごかなかった。

 陽菜ひなちゃんのいえたすぐちかくで、どうしよう、どうしようって、ただそれしかかんがえられなかった。


ゆい~。グレイスちゃんになにかあったんでしょ?」

 わたし道端みちばたでしゃがみんでいるのを見付みつけて、ミサキンがけててくれたの。

 心配しんぱいそうにわたしかおをのぞきむ。

わたし……かえ……らなきゃ」

「そうだよ。はやかえってあげたほういよ」

 陽菜ひなちゃんとりんちゃんもいえからた。

 りんちゃんにささえられてとうとするけど、ひざふるえててない。

ゆい最近さいきんずっと元気げんきなかったよね。みんな心配しんぱいしてたんだよ」

「ね、むかえにてもらったら?」

「そうだよ、いえひと連絡れんらくしてさ。それともタクシーぼうか?」

自転車じてんしゃ二人乗ふたりのりしちゃう?」

「ヘルメットふたつある?」

緊急事態きんきゅうじたいだよ、ノーヘルで」

だい……丈夫じょうぶ……かえれる……」

 かたしてくれているりんちゃんをりほどくように、おもあしきずってあるはじめた。

 でもばかりがいて、気持きもちとは裏腹うらはらにガクガクふるえるあしこといてくれなかった。


「へい彼女かのじょ! ってくかい?」

 心配しんぱいして自転車じてんしゃけててくれたりんちゃん。

 すっかりちからけて地面じめんにへたりわたしを、おどろくほど力強ちからづよ自転車じてんしゃうしろの荷台にだいかつげる。

「ほいっと」

 自分じぶんのヘルメットをわたしかぶせて、

くよっ、それ!」

 気合きあいひとれると、力一杯ちからいっぱいペダルをこぎはじめた。

 りんちゃんの背中せなかあたたかい。

 ギュッとをつむって、ふるえるりんちゃんの背中せなかにしがみいた。


 いえころがりむ。

「グレイスはっ!?」

「こっちだ」

病院びょういんには? これから?」

「いや。さっき電話でんわしたんだがな」

いてないの?」

「そうじゃない。状況じょうきょう説明せつめいしたらな、その、もう寿命じゅみょうだと」

「えっ?」

くしても無駄むだだろうとわれたよ。せめて最期さいご自宅じたくごしてはどうかとな」

「そんな……」

 そんなにわるいの?

 グレイス……最近さいきん全然ぜんぜんかおていなかった。

 毛色けいろわるく、薄汚うすよごれてボロボロ。

 ほほもやせこけて……

「ごめん、ごめんね、グレイス……」

 そっとばして、ゴワゴワになったからだをなでる。

 んだようにピクリともうごかなかったグレイスがうっすらとけた。

 それから、こえにならないこえわたしったの。

「なー。(てくれてうれしい。ずっとってたのよ)」

「グレイス! んじゃいやだよ……ずっと一緒いっしょにいて……」

「なー。(ゆいたのしいおもをいっぱい、有難ありがとうね)」

いや! わたしいていかないで!」

 グレイスをげる。

 かるい。

 本当ほんとうかるい。

 いつもグレイスがしてくれたように、ほほをすりせる。

「なー。(ねえゆいおぼえてる? 公園こうえん一緒いっしょ蝶々ちょうちょってあそんだよね)」

「うん、うん……」

「なー。(つかまえた蝶々ちょうちょべてたら、ゆい真似まねしたんだよ)」

「そんなこともあったね。ママがあわててんでて」

「なー。(そう。それでゆいくちなかからさせてたの)」

「だって、グレイスと一緒いっしょかったんだもん」

「なー。(お風呂ふろでいつも背中せなかながしてくれたね)」

毎日一緒まいにちいっしょはいったね」

「なー。(あたたかくて、気持きもくて、しあわせだった)」

「これからも毎日一緒まいにちいっしょはいろ?」

「なー。(もう無理むりみたいなの)」

「ウソ! いやだよ、グレイス……」

「なー。(元気げんきで。しあわせになるのよ)」

「グレイス? グレイス! 返事へんじをしてよ、グレイス!」

「……なー」

けて! ねえ、グレイス! わたしいていかないでよ! グレイスぅ……」

 グレイスをめて、がくぜんとした。

 いつもとおなじグレイスを想像そうぞうしていたのに。

 つめたかった。

「グレイス! ねえ……まだはやいよ、ねえ……三十五年さんじゅうごねん……あと二十二年にじゅうにねん一緒いっしょにいよ? そうしたらね、猫又ねこまたになれるんだって。ずっと一緒いっしょにいられるんだよ? ねえグレイス……」

ゆい。もうやめなさい。グレイスはもう……しずかにねむらせてあげよう」

いや!」

「おはかつくってあげましょうね、ゆい。ずっとちかくにいられるように、裏庭うらにわの、そうね、かき根元ねもとにしましょう」

いや……」

ゆいきなさい。パパもママもかなしいんだ。ゆいおなじで、十三年間じゅうさんねんかん一緒いっしょらして家族かぞくなんだから。かるだろう?」

「……うん。でも……」

「分かって、ゆい

ゆい一番いちばん親不孝おやふこうってなにかるか?」

「そんなの、かんないよ」

おぼえておいてくれ。一番いちばん親不孝おやふこうは、おやよりさきことだ。子供こどもうしなうのはなによりつらい。パパとママは、今日きょうむすめ一人ひとりうしなったんだ。おまえには長生ながいきしてしい」

「そんなことわれたって……」

いまからなくてもかまわない。おまえあたまだ。パパのことも、いずれ理解りかいしてくれるだろう」

「そうよ、ゆい最近さいきん、ずっとかえりがおそいのだって、パパもママも心配しんぱいしているのよ。でもゆいわることをしているなんておもっていないわ。もしわることをするなら、そうしなければいけない事情じじょうがあるんだとおもう。だからなにわないし、たと世界中せかいじゅうゆいてきになっても、私達わたしたちゆい味方みかたよ。だけどね、心配しんぱいしているの。それだけはかってね」

「うん……」

「さあ、グレイスをめてあげよう」


 ママの場所ばしょに。

 パパの指示しじで。

 わたしあなったがする。

 でも、ほとんどおぼえていない。

 自分じぶんからだじゃないみたいで。

 われるままに、なにかんがえず。

 ただあやつ人形にんぎょうのように黙々もくもくって……そこからさきは、なにおぼえていない。


 ゆめたの。

 いえまわりに、いっぱいねこあつまってね。

 グレイスのいたんでくれるの。

 ニャー、ニャーって、ねこ大合唱だいがっしょうして。

 行列ぎょうれつつくって、おおきくてもんなかへ。

 対岸たいがんえないふかみずこうがわえてった。

 れつなかには、灰色はいいろのシャムねこ一匹いっぴき

 わたしほうて、

ってくるわね」

 って、おわかれをげてくれたんだ。

 だからわたしも、いっぱいなみだながしながら、笑顔えがおったの。

ってらっしゃい! またおうね!」

 って、今度こんどはちゃんとおわかれをえたんだよ!


「それなのに、今日きょうもこうして陽菜ひなちゃんのいえでたむろしているわけだが」

「だって」

「だってじゃないが」

「まあいいでしょ、りんちゃん。ゆい気持きもちをかせる時間じかん必要ひつようだしさ」

「そうだよ」

「ああ可哀想かわいそう傷心しょうしんゆいちゃん。仲間なかまからもひど言葉ことばびせられて」

「などと自分じぶんでアナウンスしているわけだが」

 一晩ひとばんぐっすりねむって、ゆめなかでグレイスにもちゃんとおわかれをえた。

 みょうにはっきりおぼえているけど、あれはゆめ……だよね?

「ね! いつもこいバナしているでしょ。それでひとおもいたんだけど」

「ん?」

なになに?」

「じゃーん! おとこノート~!」

「ドラえもんか!」

「あはは~。で、このノートだけど」

「ふんふん?」

になるおとこをさ、みんなで格付かくづけチェックしようよ」

格付かくづけ?」

「そ! かお何点なんてん運動うんどう何点なんてんって」

面白おもしろそう!」

「でも、ひと格付かくづけって、なんか……ダメじゃない?」

「ダメじゃないが」

「そうかな?」

「そうだよ! 面白おもしろそうじゃん、やろ?」

「ん~、みんながそううなら……」


 そうして、ああでもない、こうでもないって、ワイワイさわぎながらつくったんだ。

 おとこノート。

 四人よにんがそれぞれ二十五点にじゅうごてんって、各項目かくこうもくごとに点数てんすうけるの。

 全五項目ぜんごこうもく計五百点けいごひゃくてん満点まんてん

 みんなで真面目まじめかんがえた、そのノートの内容ないようは。


伊予大翔いよひろと 426てん

 かお 88てん

 あたまさ 71てん

 運動神経うんどうしんけい 90てん

 性格せいかく 93てん

 将来性しょうらいせい 84てん

 そのほか りんちゃんがあこがれる先輩せんぱいだよ!


 阿波颯太あわそうた 375てん

 かお 65てん

 あたまさ 79てん

 運動神経うんどうしんけい 81てん

 性格せいかく 73てん

 将来性しょうらいせい 77てん

 そのほか テニス先輩せんぱいだよ!


 豊後智也ぶんごともや 448てん

 かお 96点

 あたまさ 64てん

 運動神経うんどうしんけい 100てん

 性格せいかく 88てん

 将来性しょうらいせい 100てん

 そのほか 陽菜ひなちゃんがきな野球部やきゅうぶのエースだよ!


 大隈瑛太おおくまえいた 367てん

 かお 62てん

 あたまさ 100てん

 運動神経うんどうしんけい 53てん

 性格せいかく 65てん

 将来性しょうらいせい 87てん

 そのほか クラスいち秀才しゅうさいだよ!


 薩摩隼人さつまはやと 386てん

 かお 80てん

 あたまさ 76てん

 運動神経うんどうしんけい 79てん

 性格せいかく 87てん

 将来性しょうらいせい 64てん

 そのほか クラスで人気にんきだよ!


 筑前龍之介ちくぜんりゅうのすけ 364てん

 かお 88てん

 あたまさ 36てん

 運動神経うんどうしんけい 85てん

 性格せいかく 57てん

 将来性しょうらいせい 98てん

 そのほか 役者やくしゃ目指めざしているんだって!


 肥後勇人ひごゆうと 402てん

 かお 87てん

 あたまさ 82てん

 運動神経うんどうしんけい 73てん

 性格せいかく 81てん

 将来性しょうらいせい 79てん

 そのほか なんでも出来できちゃう!


 日向凌空ひゅうがりく 390てん

 かお 90てん

 あたまさ 59てん

 運動神経うんどうしんけい 94てん

 性格せいかく 67てん

 将来性しょうらいせい 80てん

 そのほか スポーツ万能ばんのうでクールだよ!』


「こんなもんかな?」

「クラスのぼしい男子だんしはチェックしたね」

「そうだね」

 年末年始ねんまつねんし冬休ふゆやすみと、三学期さんがっきはじまってからの週末しゅうまつ

 いつもの集会しゅうかいひたいわせてつくったんだ。

 力作りきさく

「ね! ゆいは? になる男子だんしは?」

「またそのはなし?」

「ほら、その……ゆいおもびともさ、もういないわけだし」

「グレイスのこと?」

「うん、まあね」

「あまりんだ様子ようすはなかっだけど、無理むりしてない?」

「うん、大丈夫だいじょうぶだよ。ちゃんとおわかれしたから」

「じゃあさ、あたらしいこいはじめようじゃないか~」

こいって……グレイスはそんなんじゃないもん」

「え~ウソだ! あれはどうてもラブでしょ、ラ・ヴ!」

「そうだよ~、こいする乙女おとめみたいだったよね」

ちがうって! 大切たいせつ家族かぞく……か……」

「ちょっと~ミサキン~」

「そうだよ、おもさせてどうするの」

「おまえうなし。ごめん、ゆい。いつまでもきずってたらさきすすめないからさ。おもっていて、はやなおらないと」

傷口きずぐちをえぐってどうする」

「そうだよ~」

「うん、大丈夫だいじょうぶ大丈夫だいじょうぶだから」

「どうても大丈夫だいじょうぶじゃないが」

「グレイスもさ、こんなんじゃ心配しんぱいかばれないかなって……」


 みんなに心配しんぱいかけちゃった。

 そうだよ、グレイスもわやししあわせをねがってくれていたもんね。

 こいをしよう。

 素敵すてき相手あいてさがそう。

 みんなといっぱいはなしをして、あーでもないこーでもないってわらって、普通ふつうおんなみたいなゆめよう。

 すぐには無理むりかもれないけど、おとこ友達ともだりつくって、あそびにったり、一緒いっしょ時間じかんごそう。

 こここ、告白こくはく、なんかもしちゃったりして。

 それから、つ、う、とか?

 デートとか。

 ふ、二人ふたりっきり……は、無理むり

 だから出来できれば四人よにんで!

 四人よにん合同ごうどうデートをしよう!

 だって、みんなであそびにくならこわくないもん。

 でも二人ふたりっきりってのもいかな?

 いやいや、無理無理むりむり、やっぱダメ!

 そんなのかんがえられない!

 だから最初さいしょはお友達ともだちでおねがいします。

 どんなおとこひといかな?

 でもいままでかんがえたこともなかったから、全然ぜんぜんからないよ。

 みんながってるような、ドキッとする相手あいてとか、ズキューンってくる相手あいてとか。

 そんなの全然ぜんぜんおもかないもん。

 でもいつかわたしにも、そういうひと出来できるかな?

 めぐえるかな?

 わたし運命うんめいひとって、いるのかな?


 ねえグレイス。

 おしえてよ、わたし運命うんめいひとがいるなら。

 一緒いっしょさがしてしかったな。

 もしグレイスと一緒いっしょだったら、わたしでも運命うんめいひと見付みつけられたんじゃないかなって。

 そんながしてしょうがないんだ――


(エンディングへつづく)

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