グレイス-愛のキューピッド-

武藤勇城

グレイス-愛のキューピッド- (前半)

 グレイスっていうのはね、オランダ灰色はいいろっていう意味いみなの。

 なんでそんな言葉ことばっているのかって?

 それはね、わたし大切たいせつ大切たいせつ家族かぞく名前なまえだから!


 まれたときからグレイスと一緒いっしょそだったんだ。

 双子ふたご兄弟きょうだい

 ううん、ちがう。

 でも、そうともえるかな?

 グレイスとわたしは、かおも、からだおおきさも、性格せいかくも、べるものも、なにもかもがちがう。

 だってグレイスは人間にんげんじゃないもん。


 二〇〇八年十月二十二日にせんはちねんじゅうがつにじゅうににち

 たまたまおなまれたっていう、それだけの理由りゆうで、パパがゆずけてきた一匹いっぴきのシャムねこ

 それがグレイス。

 まれた時間じかんはグレイスのほうすこしだけはやいから、グレイスがおねえさんね!


 わたし世界せかい一番いちばんグレイスがき!

 ちいさいころはいつも一緒いっしょあそんだし、ときもお風呂ふろも、全部全部ぜんぶぜんぶ一緒いっしょ

べるもの一緒いっしょがいい!」

 って、何度なんどきながらパパとママにったんだ。

 でも、どんなにさけんでもゆるしてくれなかったの。

 いまならかるけど、当時とうじはなんでダメなんだろうっておもった。

 パパとママをすごくこまらせちゃった。

「グレイスは人間にんげんとはちがう。ねこなんだ。だからおなものべたら、グレイスははやんじゃうよ」

 って説得せっとくされて、それでも、

一緒いっしょにして!」

 って、

「グレイスがべられないならわたしがグレイスとおなじのをべる!」

 って駄々だだをこねちゃった。

 結局けっきょく、ママがねこべられるものっててくれたの。

 あつかったなつのおひる

 スイカやメロンやトウモロコシを、グレイスと一緒いっしょならんでべたのは、とってもうれしかったおも


 ねこってお風呂ふろきらいなんだって?

 わたしがそれをったのは、小学校しょうがっこう高学年こうがくねんになってから。

「グレイスと一緒いっしょにお風呂ふろはいるんだ」

 っていうはなし友達ともだちにしたら、すっごくおどろかれちゃった。

 そのとき普通ふつうねこはお風呂ふろはいらないってったの。

 なんでグレイスは平気へいきなのかな?

まれたときからずっと一緒いっしょはいっていたから、みずれているのかもれないわね」

 って、これはママのり。

 でもグレイスはわたしちがって、長風呂ながぶろはしないんだ。

 わたし湯船ゆぶねかっているあいだ、グレイスのために半分はんぶんじたお風呂ふろのフタのうえにいるの。

 れたつくろったり、お風呂ふろみずんだり、なにわたしはなけたりしてくるんだ。

 言葉ことばつうじなくても、グレイスのいたいことならかる。

わたしさきがるわ。ゆいはゆっくりあたたまってね」

 とか、

ねむくなっちゃった」

 ってってるの。

 わたし猫語ねこご返事へんじをすると、満足まんぞくしたようにじて、ウトウト居眠いねむりをはじめるんだ。

 そんなグレイスをかわいたタオルでなでてあげるのが、一番いちばんしあわせな時間じかんだった。


 中学生ちゅうがくせいになった。

 わたし十二歳じゅうにさいってことは、グレイスも十二歳じゅうにさい

 人間にんげんならまだまだ子供こどもだけど、ねこにとってはそうじゃない。

 もう六十歳ろくじゅっさいぎのおばあちゃんなんだって。

 むかしはあんなにお転婆てんばだったのに、いまはもうほとんどうごかず、一日中いちにちじゅうたきり。

 大好だいすきだったお風呂ふろはいらなくなっちゃった。

 わたしがお風呂ふろはいときは、おもそうにからだをゆっくりうごかして、とびらそとっていたり、定位置ていいちのフタのうえもあるけどね。

 からだ水浸みずびたしになるのはいやみたい。

 湯船ゆぶねにははいろうとしないの。

 だからフタのうえにいるは、れタオルでいてあげるんだ。

 ねむそうにまるくなるグレイスに、いつしかわたしほうから積極的せっきょくてきはなけるようになった。

 そうするとグレイスはちいさくなにかつぶやいて、またウトウトするの。

「そうなの、かったわね」

 とか、

「はいはい。ねむいんだから、もういいでしょ」

 ってってるみたい。


「もうダメかもれないな」

「そんなことないもん!」

「だがな、覚悟かくごはしておくんだぞ」

いや!」

「グレイスもものなんだ。もう寿命じゅみょうが……」

いやったらいや! グレイスがわたしいてぬわけない!」


 そんな会話かいわをするようになったのはいつからだったかな?

 パパがことかる。

 もっともなはなしだとおもう。

 でもれられなかった。

 だってグレイスに何度なんどったもん。

わたしいていかないで」

 って!

 グレイスもきっとかってくれるもん!

 絶対ぜったいなないもん!


 それから、グレイスの体調たいちょう悪化あっかしていくのがかった。

 ごえ弱々よわよわしくて。

 なにべなくなって。

 お風呂ふろときも、全然ぜんぜんうごかないの。

 だからっこして、いつものフタのうえまではこんであげたんだ。

 でも、ビックリするほどかるかった。

「グレイス、いつのにこんなにやせちゃったの?」

 ってはなけても、うすひらくだけで、返事へんじ出来できなくなっちゃった。

 そんなグレイスをていられなくて、わたし中学校ちゅうがっこう部活ぶかつわけに、いえかえらなくなった。

 本当ほんとう午後六時ごごろくじには部活ぶかつわっていたのに、制服せいふくのまま友達ともだちいえって。

 グレイスのことわすれるかのように、よるまでおしゃべりをしていたの。

 いろんなはなしをした。

 だって時間じかんはいっぱいあったんだもん。

 趣味しゅみはなしから、学校がっこう勉強べんきょうはなしまで。

 昨日きのうのテレビのはなしから、将来しょうらいゆめはなしまで。

 きらいなものはなしから、きなおとこはなしまで。

 なんでもはなせた。

 わたしにはグレイスがいたから、恋愛れんあいなんて全然ぜんぜん興味きょうみなかったんだけど、がったのはこいバナだったかな。

 陽菜ひなちゃんもミサキンもりんちゃんも、きな男子だんしはなしになるとかがやかせた。


 陽菜ひなちゃんは、おなじクラスの豊後君ぶんごくんきなんだって。

 野球部やきゅうぶのエースで将来しょうらい有望ゆうぼう

 ミサキンとりんちゃんも、

「カッコいいよね」

 ってくちをそろえた。

 ううん、それだけじゃない。

 学校がっこう生徒せいとで、らないひとはいないんじゃないかっておもうな。

 だって一年生いちねんせいなのに日本代表にほんだいひょう合宿がっしゅくにもばれるくらいだもん。

 ゆーじゅうご?

 よくからないけど、年代別ねんだいべつ日本代表にほんだいひょうなんだって?

 さむらいじゃぱん?

 がなんとかって、みんなってる。


 りんちゃんがきなのは、軟式なんしきテニス伊予先輩いよせんぱいなんだって。

 わたしおな部活ぶかつだから、伊予先輩いよせんぱいことはよくっているんだ。

 テニスも上手じょうずだし、おしえるのも上手じょうず

 面倒見めんどうみくって、後輩こうはい私達わたしたちのプレーまでこまかくチェックして、いろんなアドバイスをくれるの。

 部長ぶちょうほか先輩せんぱいも、みんな自分じぶんことだけで手一杯ていっぱいなのに、伊予先輩いよせんぱいちがう。

「そこがぎゃくはなにつく」

 とか、

八方美人はっぽうびじん

 とかって、かげわるひともいて、とく先輩せんぱい女子部員じょしぶいんからは評判ひょうばんわるいみたい。

 すごく先輩せんぱいなんだけどな。


 ミサキンには、とくになるひとはいないんだって。

「ちょっといな」

 っておもひとはいても、いたいっておもうほどではないみたい。

 ふたつのじゅくかよわされて、おやもうるさいんだって。

 男女交友だんじょこうゆう十八歳じゅうはっさいになってから、そんな色恋沙汰いろこいざたより大学だいがく目指めざしなさいって。

 そんなおや反抗はんこうしたくて、じゅくをサボっているんだって。

「だから秘密ひみつにしてね」

 だってさ。


ゆいは? きなひととか」

わたし? べつにいないかな……」

になるひとは? だれかいるでしょ?」

「う~ん? いないな~」

「えぇ~っ!? どうして?」

わたしにはグレイスがいるから」

「それってねこだよね?」

「しかも雌猫めすねこなわけだが」

「うん、それがなにか?」

なにか? じゃないが」

ゆいさあ。もうそれは病気びょうきだよ、病気びょうき

「そうだよ」

「ヤバいヤバい」

「ね~。ちょっと普通ふつうじゃないよね~」

「そうかな?」

「そうだよ!」

「でも、グレイスがいない生活せいかつなんてかんがえられないし」

「はぁ~……あのね、ねことはずっと一緒いっしょにいられないんだよ?」

「そうだよ~」

「でもさ……」

「でもじゃないが」

「えぇ……」

結婚けっこんしたら、そのおとこひととは一生一緒いっしょういっしょでしょ。だから、結婚相手けっこんあいてえらぶのが一番大切いちばんたいせつなの。かる?」

「うん。でも……」

「でもじゃないが」

「そうだよ、相手選あいてえらびは大事だいじだよ~」

「うちはおや禁止きんしされてるけど、それはしょうがない。成人せいじんするまではさ、おや面倒めんどうてもらってるわけだし。おやことを、上辺うわべだけでもかなくちゃね」

「うん」

「だけどゆいちがうでしょ」

「でもわたしはグレイスがいるし」

「またそれ~?」

「もー。どんだけグレイスきなのよ」

世界せかい一番いちばん?」

「はぁ。あのね、ねことは結婚けっこんできないの!」

「そうだよ」

「だって……」

「だってじゃないが」


 長話ながばなしをして、いつもよりおそくなっちゃった。

 途中とちゅうまで一緒いっしょだったりんちゃんとわかれたあとは、くら夜道よみち一人ひとりきり。

 もりなかける小道こみちなんだか不気味ぶきみ

 すこ遠回とおまわりになっちゃうけど、ぐるっともりをうかいする舗装ほそうされたみちえらんだの。

 夜九時よるくじ車通くるまどおりはすくない。

 幽霊ゆうれいなにるんじゃないかって、ビクビクしながらあるいていたんだ。


 そのときだった。

 道路どうろなかに、なにおおきなくろかげがうごめいていたの!


 くろかげは、こしよりひくおおきさ。

 あしものっぽい?

 いのししくまか、野生動物やせいどうぶつ遭遇そうぐうしちゃった?

 地面じめんかお近付ちかづけて、においでもかいでいるのかとおもったら、すくっと二本足にほんあしがったの!

「あれ……人間にんげん?」

 わたしおなじくらいの背丈せたけの、子供こどもみたい?

 道路どうろちていたなにかを両腕りょううでかかえて、右手側みぎてがわもりなかへとえてく。

 街灯がいとうらされた横顔よこがおには見覚みおぼえがあった。

 おなじクラスの采女君うねめくんじゃない?

 こんな時間じかんなにをしているんだろう?

 好奇心こうきしんおもむくまま、わたし采女君うねめくんってもりなかったの。

 だってになるでしょ?

 このまま無視むししてかえったら、よるねむれないもん。


「こんなところなにしているの?」

 樹々きぎしげもりなかへ、すこはいったさきで、しゃがみんでいるおとこ背後はいごからこえける。

「わあっ! びっくりしたあ。中村なかむらさん?」

「そうだよ。采女君うねめくん……だよね?」

「うん」

なにをしているの?」

 もう一度いちどおな質問しつもんけると、采女君うねめくん右横みぎよこいてあるなにかをゆびさした。

「これを」

「ん? なに?」

 くらくてよくからないけど、そこになにかがある。

 なんだろう?

 両手りょうておさまるおおきさで、毛皮けがわの……バッグ?

「ひかれてたんだ」

「ひかれる?」

道端みちばたでね。可哀想かわいそうだから」

なに? くらくてよくえない」

ねこ

「ッ!?」

 え?

 って、ねこの……死体したい

 くるまにひかれた?

「もう何十分なんじゅっぷんっていたみたい」

「ぇっ……と、その……て、手伝てつだうよっ」

 ショックであたましろ

 ドキドキと心臓しんぞう早鐘はやがねっている。

 采女君うねめくんとなりにしゃがみむ。

「じゃあ、あなってくれる?」

かった」

 手伝てつだうとっちゃった手前てまえなにかしなくちゃとおもうんだけど、よごれるのがいやで、そのへん邪魔じゃまえだっぱをどかすくらいしか出来できなかった。

子猫こねこみたいだ。からだちいさい」

「そうなんだ」

「ねえってる? ながきたねこぬと、猫又ねこまたになってかえはなし

「ねこ……また?」

妖怪ようかい猫又ねこまた尻尾しっぽ二本にほんえて、すごくあたまくて、人間にんげんけたりするって伝承でんしょうもあるよ」

「へえ~」

「まだわかいから。この猫又ねこまたにはなれないね」

猫又ねこまたになるのは長生ながいきしたねこだけ? 何年なんねんきたら猫又ねこまたになるの?」

いろんなせつがあって、一説いっせつによれば三十五年さんじゅうごねん

三十五年さんじゅうごねん!?」

「ってわれてるよ。ほか二十五年にじゅうごねん二十年にじゅうねんみじかいものだと九年きゅうねん十二年じゅうにねん十三年じゅうさんねんなんてせつもある」

九年きゅうねんでいいの? それなら……」

みじかせつは、多分たぶんウソだよ」

「……そうなんだ。残念ざんねん

九年きゅうねんってさ、普通ふつうねこ寿命じゅみょうでしょ。普通ふつう猫又ねこまたになれない。特別とくべつねこだけだから」

「そっか。じゃあグレイスはまだまだね」

「グレイス?」

「あ、なんでもない、にしないで。それより、猫又ねこまたになるとどうなるの?」

「それもいろんなはなしがあるからからないよ。だけど人間にんげんわれていたねこは、ぬしもともどって、恩返おんがえしをしてくれるってはなしもあるよ」

「ふーん。恩返おんがえしなんてらないんだけど」

「そう?」

「だって、可愛かわいがっていたねこでしょ。かえっててくれるだけでうれしくない?」

「まあそうかもね。もうこのくらいいかな」

 いつのにか五十ごじゅっセンチ四方しほうあな出来できていた。

 采女君うねめくんは、よこにあった毛玉けだまをそっとげて、

さわってみる?」

 とでもうようにす。

 わたしこわかったから、あわててった。

 それを采女君うねめくんは、愉快ゆかいそうにしろせた。

 そんなにわらこと

 なにがおかしいの?


やすらかにねむれよ」

 すっかりえなくなるまでつちをかけて、そのうえかぶせると、采女君うねめくん両手りょうてをはたいてがった。

 わたしもつられてがると、とおりのほうかう采女君うねめくんつづいた。

采女君うねめくんって、くわしいんだね」

「そう?」

ねこきなの?」

「うん。きだよ」

一緒いっしょだ!」

「あとは妖怪ようかい怪異かいいき」

「そっか、それでくわしかったんだ~」

「じゃあ、ぼくはこっちだから。バイバイ」

「バイバイ。また明日あした学校がっこうでね」


 でも、采女君うねめくんとこんなにはなしをしたのははじめてだったかも。

 いままで、ほとんどはなしたことがなかった。

 だって、目立めだ存在そんざいじゃなかったんだもん。

 クラスが一緒いっしょなのはっていたけど、ただのクラスメイト。

 わたし一緒いっしょねこきとか、道端みちばた動物どうぶつ埋葬まいそうしてあげるやさしさなんて、全然ぜんぜんらなかったな。


後半こうはんつづく)

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