報われない愛の証明を。
よもぎ望
愛の証明
「愛を証明するためにはどうすればいいでしょう」
肌寒い秋の屋上。黒のセーラー服が良く似合う少女が俺へと問いかけた。
秋宮桂花(あきみや・けいか)。俺の唯一と言っていい貴重な友人であり後輩だ。
彼女は片思いをしていた。それも、酷く望み薄な。
片思いの相手には、5歳の時から約束された許婚がいた。お互いを愛し合い常に共にいる。学校内で……いや、この町で知らない人はいない理想のカップルだ。コイツらに告白しても100%フラれる。向かっていくなどよっぽどのバカだろう。
……が、秋宮桂花はそのバカだった。
許婚の男の誕生日。そんなカップルにとっても特別な日に桂花は朝一番で告白を仕掛けた。
そして全校生徒の前で見事に散り、現在に至る。
「急に呼び出されたから何かと思えば一体なんの話だ」
「ほら、真実の愛ってよく言うじゃないですか」
「言うには言うが」
「その愛が真実だと誰が証明するんでしょう?愛を相手に受け入れてもらえば、それが愛の証明になりますね。では受け入れてもらえなかったら?私が持つ彼への愛を、どうすれば本物だと言えるのでしょうか」
桂花は話しながらおもむろにローファーとハイソックスを脱ぎ捨てた。
「お前何を……」
「脅して無理やり付き合う?誘拐監禁して私のモノにする?……そんなものは傲慢です。我儘です。私が望む愛の形ではありません」
そう言うと桂花は屋上のフェンスに足をかけ、美しい黒髪をなびかせながら軽々とそれを乗り越えた。フェンス越しに不気味な笑みがこちらを向く。
「そこでです。誰にも証明してもらえないのならこの人生を使うしかありません。この愛が時間に溶けないうちに、忘れられぬうちに優しく抱きしめ、そのまま死んでしまえばいい。そうすれば言葉のとおり、死ぬまで彼を愛していたということになるでしょう?1人でできる愛の証明、完了です」
めちゃくちゃだ。けれど妙に納得してしまう気迫が、狂気が桂花にはある。
「言葉の上では正しいかもしれないが、随分狂気的な思想だな」
「狂気だなんて失礼な。美しい純愛ですよ。愛との心中と言ってもいいですね」
秋風が二人の間を抜ける。
桂花の未来が脳裏をよぎる。陶器のような白い肌がコンクリートに投げ出され、血に染る未来。
馬鹿なことはやめろだの命を大事にしろだの、ドラマのようなクサイ言葉なら幾らでも出てくるのだが、そんな言葉で桂花は止まらないだろう。自分の考えを簡単に曲げるやつでは無いと、短い付き合いながらよく理解している。全く、厄介な後輩を持ったものだ。
「死ぬのか」
しばらく考え、ようやく絞り出した言葉はこれだった。桂花への問いかけというより自分を納得させるための独り言だが。
俺の独り言を聞いても桂花は微笑みを向け続ける。わかるだろう?とでも言うように。
わかっているとも。わかっているから、困るのだ。わざと大げさなため息をついて桂花の方へ少し近づく。
「……覚えておく」
「え?」
「お前があのバカップルの片割れを愛し、フラれ、それでも愛を捨てられずに死んだって。……死ぬまであの男を愛していたって、俺が覚えておいてやる。死ぬ事でできる証明があるなら生きてる他人ができる愛の証明もあっていいだろ?」
「……ふふっ、そうですか。死んだ後も証明していただけるなら、安心して死ねますね」
「ああ。安心してそのイカれた愛を貫いてこい。これが僕ができる精一杯の手向けだ」
俺の言葉を聞いて楽しそうにころころと笑うその顔は、先程までの張り付いたような笑顔じゃない。同年代の女子高生らしい、心からの無邪気な笑顔に見えた。
「先輩のことも死ぬまで好きでいてあげますよ」
何かを返そうと声を出す間もなく、桂花の姿は消えていた。
どしゃり、という水分の多い塊が落ちる音。その数秒後に甲高い悲鳴が下から聞こえてきた。
「はぁ〜……最後の最後にアイツは……」
どっと疲れと恐怖が襲い、その場で膝をつく。
きっと俺の気持ちも全部わかった上で屋上に呼んだんだろう。本当に、厄介な後輩だ。それよりも教師の誰かが屋上に来る前にここを離れないと。
冷や汗の滲む手を握りしめ、よろよろと立ち上がる。去り際、桂花が脱ぎ捨てたローファーとハイソックスが見えた。もう誰が履くこともない置き土産。桂花と一緒に燃やされるだろうそれが、なんだか寂しく見えた。
「俺は生きる。生きたまま証明し続けるよ。お前の愛も…………お前への愛も」
そう呟いて屋上を去る。渡す先を失い、酷く冷えた愛を抱えて。
報われない愛の証明を。 よもぎ望 @M0chi_o
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