カットイン

承あたりに差し込む話

「距離近くない? セーチローとか、セシルとかと」

 頬杖をついて、光くんがしかめっ面で言った。わたしは目をパチクリ。

「そうかな」

「そうだよ。距離感バグってんじゃないの?」

 そう言われると、確かにわたしたちのパーソナルスペースはせまいかも。

「もしかして、光くんに、いやな気持ちさせてた? 気をつけるね」

「そういうわけじゃないけどさー……いくらユキの方が強いからって、油断してたら酷い目に遭わされるんじゃないの」

「……もしかして、心配してくれてたの!?」

「はあ!? してねーし!」

 顔を真っ赤にして否定する光くん。ちがうのかあ。残念。

「大丈夫だよ。二人は、わたしがいやなことは絶対しないから」




 ……なんて、言ったこともありましたっけ。

 前言撤回したいなあ、なんて。


 光くんを誘拐しようとしていたあの男たちの言葉から、セシルはとある会社が主宰するパーティーに目星をつけた。なんでも、インドのエンジニアをたくさん雇っている会社なんだって。

「インドにおいて、エンジニアって職業は中々抜け出せれない貧しさから抜けだす、唯一って言っていい手段なんだ。けど、その多くは激しい競争でこぼれ落ちている。

 そんな彼らを中心に雇っているのが、この会社」


 彼らは激しい競争に心や体を病んでしまった若者たち。

 そして彼らは、自分だけじゃなくて、一族の命運も託されているのだと、セシルは教えてくれた。


「インドだけじゃない。ベトナムや中国、韓国もだ。才能があっても、競争についていけない人たちは少なくないんだ」

「日本はちがうの?」

 日本でも、学力テストとか順位が出るけど。

「日本は、というかオレたちが住むところは、『人と同じことをやらない』とこぼれる社会だな」

 とセシル。


「逆に言えば、ある程度タスクをこなせば、なんとか生きていられる。崖っぷちの彼らにとっては、この会社は蜘蛛の糸のような存在だ」

「……つまり、良い会社なの?」

「わからん。彼らにとっては恩人だろうし、逆に言えば、逆らえないってことかもしれん。これ以上のことはよくわからなかったので、直に会ってみる」「じゃあわたしも行くよ!」


 わたしの提案を、最初セシルはダメ、と言ったけど、それでも食い下がると、じゃあ、とセシルは言った。


「ドレス着るならいい」






「で、ここどこ!?」

 ウォーキングクローゼットで叫ぶわたし。

「レンタルするドレスサロンだよ。何やかんやパーティーに行かなきゃだから、家族でよくここ利用してるんだ」

「レンタルって……」

 お店の風格からして、とてもそう見えないよ?

「というかなんで!? スーツでもいいんじゃないの!?」

「ダメじゃないけど、オレが楽しくない」

「な・に・そ・れ!」

 まーまーまーまー、とセシルに肩を押されていくわたし。あれー? わたしの方が力強いのになんで負けてるのかなー?



「なんでこれー!?」

 わたしが最終的に来たのは、胸元が隠れたハイネックとオープンショルダーのドレス。色はワインレッドで一見暗く見えるけど、生地は光沢を帯びていて、まるでガーネットのよう。ミモレ丈だけど、後ろが長くなっているフィッシュテールドレスだから、前は膝より上が見えている。

「こんな筋肉だらけのわたしがドレス着るなんて、似合わないにもほどがあるでしょー!」

「んなことねーって。めっちゃ美人だって」

「せめて、せめて長袖とかロングスカートとかー!」

「イブニングのパーティーは、長袖のドレスは好まれないんだよ」

「ひー! 露出するファッションを無理に押し付けるなんて、女性軽視だー! セクハラだー!」


 なんて騒いでいると、誠ちゃんと光くんが向こうからやって来た。

「なんだなんだ、どうした。お、似合うじゃん」

「似合わないよー! 絶対変な目で見られるもんー!」

「んなことねーよ。な、光」


 光くんがじっとわたしを見つめてる。

 一体どんな毒舌が待ってるのかとビクビクしていると、


「筋肉の露出気になるんだったら、ハイネックじゃなくて、Vネックのほうがいいんじゃない?」


 と言った。

「思い切って襟ぐり深い方が、肩の筋肉が目立たない」

 これとかどう? と渡されたものを着てみる。

 同じくオープンショルダーのVネックは胸元が見えそうだと思っていたけど、実際ドレスを着てみると、そんなに露出が高くない。あと、ハイネックは喉から胸が覆われてる分肩や腕の露出が高かったけど、こっちは筋肉が覆われて見える。

「身長の高さを生かすんだったら、フィッシュテールよりタイトがいいと思うけど。……でも、裾がふわっとしたやつが着たいんだろ、アンタ」 

 その言葉を聞いて、わたしは目を丸くした。なんでわかったんだろう。まず光くんの前で、スカートを履いたことはほとんど無いのに。


「言いたいことあるなら、言ってみたら。アンタが着る服ぐらい、アンタが選べよ」


 光くんに言われて、わたしはドキドキした。本当に、いいのかな。着たいもの、着て。悪目立ちしないかな。悪く言われない、かな。


「筋肉隠したいなら隠せばいいし、着たいやつは似合う方法を考えればいい。――っていうか、アンタ、何着ても似合うし」


 セシルが選んだやつも、似合ってるしな。

 そう言って、光くんは何事も無かったように、ウォーキングクローゼットの中を歩く。


 顔に手を当てると、すごく熱くなっている。

 何着ても似合う、なんて。きっと今、すごく顔が熱いだろうな。

「……勇希」

 誠ちゃんに声をかけられて、慌ててわたしは自分の髪をにぎって顔を隠す。

「あ、あはは。て、照れちゃった……」

 けれど、言葉は隠すことも出来なかった。



「……セシル、生きてるかー」

「…………なんとか」

「あー、お前のセンスが悪いって意味じゃなくてだな、勇希の需要があってなかったってだけで」


「オレらの言葉は受け入れなくて、光の言葉には照れるのかよぉ……」

「あ、そっち?」

「オレだって百回ぐらい言ってるんだけどなあー……」

「距離が近いから、身内の欲目だと思ってるんじゃないか?」


 なんかセシルと誠ちゃんが部屋の隅で話してるけど、なんだろう。




 わたしが選んだのは、ラベンダーのように淡い紫のドレスと、麦わらのような黄色のケープ。

「真っ先にケープを選んだのは、肩周りの露出が気になるから?」

 光くんにそう聞かれたけど、わたしはあいまいに笑った。

 ……ケープには魔法使いのマントのイメージがあるの、なんて言うのは恥ずかしかった。どうやらわたしの着たいものというのは、昔読んだ物語のヒロインの服らしい。ケープとVネックが重ならない、ほんの少しだけ見える肌が、かわいくていいなと思った。

 くるりと回れば、ふわっと広がる軽やかなスカートは、ラベンダーの匂いでもしそうだ。

 わたしの場合、原色が似合うとよく言われるのだけど、淡色だとぼんやりした印象になるかな。そう言ったら、「だったらサッシュの黄色をもっと暗くしてみたら」と言われた。

「オリーブ色。合うんじゃない」



「ピーター・メイルだな」

 誠ちゃんにドレス姿を見せたら、最初の一言がそれだった。

 何それって聞いたら、プロヴァンス地方出身の作家、と返ってくる。「アルルがあるところ」って付け足されて、ようやく理解した。

 アルルと言えば、ゴッホの『ひまわり』だ。わたしは昔見たアニメ映画で取り上げられた、アルルのひまわり畑を思い出す。迷子になってしまいそうなほど埋め尽くされ、空に向かって伸びている、林のようなひまわり畑。

「プロヴァンスは、ひまわりとラベンダー畑が両方見れる場所があるんだってさ。あと、オリーブの木も有名らしい」

 そう言って、誠ちゃんはスマホの画面を見せる。華やかな黄色と紫の地面。白い家に寄り添うオリーブの木。

 とてもきれいな場所なんだろうなあ。


「そんで、セシル。なんか言うことがあるんじゃねーの」


 俺あえて言わないであげてるんだからさ、と誠ちゃん。

 誠ちゃんの呼びかけに、なぜかちょっとむすっとなってるセシルがこっちに来た。

「……にあわない?」

 わたしが聞くと、むすっとしたまま「にあってるから悔しい」と言う。

「ご、ごめん。セシルも選んでくれたのに、」

「あー、やめてくれ! そこで謝られるとカッコ悪すぎるから、オレが!」

 スーツを身につけたセシルは、いつものセシルなのに、全く着せられていない。気品って、こういうことを言うのかな。

 対してわたしは、慣れない服に、慣れない靴に、慣れない化粧。他の人から見たら、きっとぎこちない。


「かわいい。めっちゃかわいい!」


 けれど、セシルが堂々と言ってくれるから、わたしも段々、このドレスが似合ってくる気がした。


「そんじゃ。いこっか」


 セシルが腕を差し出す。

 わたしはおそるおそる、彼の腕に自分の腕を通した。

 まるで別世界の王子様に手を引かれているみたい。そんなこと考えている場合じゃないのに、ドキドキしてしまった。

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ふぉにい!―強い少女と狙われた少年― 肥前ロンズ @misora2222

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