第5話 狙われた少年

 アイリーンさんはまだ警察署に用があるとのことで、わたしたちだけで福井病院に向かう。相手にはアイリーンさんの車を覚えられているだろうし、しばらく使えないだろう。

 幸い、福井病院は緑ヶ丘警察署から徒歩5分のところにある。そこに向かうと、なぜか地下に通された。

 コンクリート壁と緑色の床でできた廊下を、か細い光が案内している。それを辿ると、以前は手術室だったのであろう場所に通された。

 その部屋に置かれているベッドに、あの男の子と、誠ちゃんが寝ていた。


「おう、勇希ちゃん、セシル。お疲れさん」


 福井先生は御歳76歳。わたしたちが生まれた時からのおじいちゃん先生。もっとも、生まれた時からのお付き合いは、わたしだけ。セシルは小学校五年生の時に引っ越してきたし、誠ちゃんはわたし経由で福井先生と知り合ったし。

「ごめんなさい、福井先生。急に押しかけて」

「かまわんかまわん。それに、本当にやっかいなことに巻き込まれとるようだしな」

 福井先生はこちらに身体を向けながら、厳しい顔でこう言った。

「誠一郎が指摘したんだが、この子にはGPSチップが埋め込まれとる」


 ……はい?


「え、ち、チップ? 埋め込むって……どうやって」

「そのまんまの意味だ。ヨーロッパだと、マイクロチップを注射で打ち込むな、手の甲とかに」


 ひ、ひえ~。い、痛そう……。

 対して、セシルは真剣な顔でそうか、と言った。


「だから、オレたちを先回りすることが出来たんだな。

 んー、お金持ちの子どもが出来心で抜け出して、それをボディーガードが追いかけてるのか? オレも誘拐された時にそなえて、埋め込まれてるし」


 そ、そうだったんだ……!

 セシルとは二番目に長い付き合いなのに、はじめて知った。お、お金持ちって大変だ~。


「え、でもなおさら、おかしくない? だって」

「子ども取り返すのに、わざわざ違法ナンバーなんて使わなくていいだろ」


 わたしの言葉に続いたのは、芸術的な寝癖になった、目が覚めた誠ちゃんだ。

 それもそっか、とセシルも納得してる。


「見た目からして日本人ぽくねーけど、そーゆー偏見、オレが言えた義理じゃねーしなー」

「まあ、少なくとも近所には住んでないな、あいつら」


 二人が悩んでいた時に、そういえば、と思い出した。


「わたし、あの男の人たちの言葉覚えてるよ。なんか外国語っぽかった。確か……」


 わたしは意味がわからないまま、その言葉をていねいに再現する。

 すると、英語・フランス語・スペイン語・イタリア語・ドイツ語・ロシア語・中国語(勉強中)をマスターした誠ちゃんがものすごい顔をした。


「なんだその言語。聞いた事ねぇけど」


 けれどセシルは、「インド英語だな」と断言した。誠ちゃんが驚く。

「は!? 英語!? まったくちげえ言語に聞こえるけど!?」

「英語言っても、国が変われば全く違うからなー。フィリピンも公用語の一つは英語だけど、もう一つの公用語と混ざってるし」

「ま、マジか……」


 わあ。誠ちゃんが勉強関係で驚いてるなんてめずらしい。


「イギリスやアメリカだと発音されない音も、綴り通りに読み上げるのがインド英語なんだよ。Wednesdayウェンズデーは『ウェドネスデー』って読み上げたりな。

 ただ、もう一人の方はオレでも聞き取れねぇな」


 すごいなあ、二人とも。

 わたしにはまったくわからないよ。

 って言ったら、「意味がわからんままで音を再現できる方がすごい」とセシル&誠ちゃんに言われた。

「相変わらず、いい耳してるよなー」

「発音を一発で再現できるってすげぇよ。さすが歌い手VTuber」

「そ、それは今関係ないんじゃないかな」

 なんて話していると、うう、と唸るような声で男の子が起きた。

 まるで花がひらくように、男の子の長いまつ毛がついた目が開かれる。


 その目は、なんというのだろう。

 緑色の中に、赤や青など、様々な色が散らばる。宝石みたい? ううん、まるでいつかみた地球ドキュメンタリーに出てきたCGのような美しさだった。

 男の子は眠そうな顔で、わたしの方を見る。


「だ、大丈夫? わたし、あなたとぶつかったんだけど、覚えてる?」


 そう言うと、しばらく考えてから、こくん、とうなずいた。


「名前、聞いてもいいかな」

 わたしが尋ねると、男の子は声変わりをしていない声で、こう答えた。


「……コウ


 こうしてわたしたちは、光くんと出会ったのです。

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