第4話 強い少女

 まるで映画のワンシーンのように空中に浮きながら、目の前に飛び出してきた車。

 わたしは目を奪われてしまい、その景色をスローモーションでゆっくりながめてしまった。多分、他の人は、気づくのも遅かった。

 ――おじさん以外は。


 おじさんは、ほとんど時間を開けず、パトカーをぶつけて吹き飛ばした!

 お菓子屋の大きな駐車場に飛び込んでくれたおかげで、わたしたちはあの車に潰されることがなくすんだ。


「『やい逆走車! 道路交通法17条4項違反でしょっぴくぞおらぁ!』」

 パトカーを半壊させながら叫ぶおじさん。けれど車は、あろうことかパトカーごとひいて動かそうとする。――こっちにむかおうとしてる!


「誠ちゃん! 援護お願い! アイリーンさん、セシルとその子をお願いします! セシルはいざとなったら、この子を抱えて逃げて!」


 考える前に、身体がうごいていた。わたしはドアをあけ、車道に飛び出す。

 ここからあの車までの距離は10m程度。わたしなら、1秒もかからない。飛べばいい。

 わたしは車の上に飛び移り、誠ちゃんのところに落ちる。誠ちゃんは、まるでバレーボールの選手のトスのように、わたしを上に、高くあげた。

「はぁぁぁ――!!」

 わたしはそのまま空を舞い、叫びながらパトカーと車めがけて落下する!


 車のボンネットが、わたしの全体重でへこんだ。

 その衝撃に驚いたのか、車に乗っていた人たちが出てきた。

 そして、わたし目掛けて殴りかかる!

 足場の悪いボンネットでバランスを崩しながらも、わたしはなんとかその一発をさけた。

 でも、もう一人が殴ってくることに対応できなかった。肩を捕まれ、そのままボンネットに押さえつけられる。

 上から拳が振り下ろされる。なぐられる、と覚悟した時。


「おう、兄ちゃん」


 おじさんが、もう一人の男の腕をつかんでいた。

 男はおじさんの手を振り払おうとするが、おじさんの力は強い。


「なぁにうちの姪っ子を殴ろうとしてるんかぼけぇ!」


 そう言って、そのまま一本背負い!

 地面にたたきつけられた男は、そのまま大の字になる。


「勇希、大丈夫か!」

「おじさんこそ、怪我ないの!? あれだけ派手に……」


 改めてパトカーを見る。

 ……うわあ、半壊。

 目の前の惨状に気が遠くなりそうになる。おじさんまた怒られる、これ。せめてもの救いは、誰も怪我しなかったことと、 お菓子屋さんがこわれなかったこと。

 なんて、ちょっと気の抜けたことを考えているうちに、怪しい車に乗っていた男たちは、また車の中に入る。


「え、うそ!」

 あれだけこわしたのにまだ動くの、あの車!

『――!』『――!』


 日本語では無い言葉をお互いに掛けながら、彼らは逃げてしまった。

 おじさんは追いかけようとしたけど、パトカーは動かなかった。……パンクしたかあ。









 警察署での事情聴取は、案外あっさりと終わった。というのも、わたしは手のひらを切っていて、おじさんは頭にガラスがささっていたからだ。大怪我してるじゃん!

「勇希、何かあったらすぐに俺に連絡するんだぞ!」「はいはい、君は病院で始末書書いてねー」上司の警部さんに首根っこ掴まれて、おじさんは連れ去られていく。ドナドナってこんな感じかな。ちがうか。可哀想な牛さんじゃないもん、おじさん。

 今回の騒動は、アイリーンさんが撮ったドライブレコーダーにちゃんと録画されていた。その映像には、彼らの顔も映ってる。すぐに聞き出す必要が無いと判断した警察は、またあとで話を聞かせて欲しいと言ったので、わたしはうなずいた。


 警察署を出ると、心配していたセシルが待ってくれていた。

「勇希、大丈夫だったか!?」

「大丈夫だよ、別にやましいことしてないし」

「そうじゃねえよ! ケガ!」

「あ、そっちか。うん、縫うほどの怪我はしてないよ」

 けっこう痛かったけどね。人差し指の関節とかピリピリしてるし。

 そう言うと、セシルはわたしの手を包み込むようにして両手で握る。そのまま、まるで祈るかのように、額につけた。


「オレのせいで……勇希が、死んだらどうしようかって、自分だけ安全な場所にいるなんてっ」


 かっこ悪ぃ。

 切羽詰まったような声で、セシルは言った。

 そうだった。セシルの誘拐目当てで、あの男たちはねらってきたのかもしれない。お金目当てなのか、それ以外なのかはわからないけど。


「何があっても、セシルのせいじゃないよ」


 どんな理由があっても、ぜんぜんセシルのせいじゃない。

 何がどうだって、悪いのはあいつらなんだから。

 わたしがそう言うと、おそるおそるセシルは手をおろす。


「そういえば、あの男の子は?」

「福井のじいさまに診てもらってる。まだ起きないみたいだけど」

「そっか」


 それにねらわれたのはセシルじゃなくて、あの男の子じゃないのだろうか。

 自分でもふしぎなくらい、その推測に確信をもっていた。



 

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