第二十八話 ワイドレンジイベント日(開店前)
二週間という時間はあっという間に過ぎた。
ここ最近は仕事量は多く、いつもより忙しくなると思っていたシロネであったが、シェリーの成長と働きぶりに触発されたリタとティナが熱心に仕事の協力をしたので、シロネ達は無事にイベントで必要な量のアイテムを用意することができた。
そこで余裕ができ、まだまだ働けるシロネは、無理のない範囲でと頼まれていたポーションをさらに錬成をしてイベント成功のために尽力する。
そしてやってきたイベント日の早朝。
既にシロネ達三人はワイドレンジに入り、制服に着替えに入っている。
リタとティナは体型が近いクルルの制服をそのまま着ても問題なかった。
ただシロネの方はというと・・・。
「むーーー」
「あらシロネ、そんなに唸ってどうしたの?」
「む、ハルナさん!どうして私の制服だけこんな改造されちゃってるんですか!」
制服を持ち帰ったあの日にシロネ達三人はワイドレンジの制服を試着したのだが、やはりというかシロネだけ一部がキツかった。
翌日には言われた通りハルナに直してもらうため持ち込み、イベント開催当日に手直しされた制服を渡されたのだが・・・。
「ぷぷ、シロ姉だけ乳袋」
「こらそこ笑わない!」
ワイドレンジの制服は紺色を基調としてピシッと決まった物に対し、シロネだけ胸元の生地が取り除かれ、白くゆったりとした伸縮性が良さそうな生地に置き換わっていた。
「私もちゃんとした制服着たかったよ」
「ごめんなさいね。貴方のサイズ的にそっちの方が楽だと思って」
「それは、確かに・・・」
「ん、それで本音は?」
「前見せつけられた仕返しに、今日は目立ってもらおうと思って」
「こらこらこらー!」
「ふふっ、流石に冗談よ」
「ほんとかなー?」
「ええ、この制服はサルザードからそれなりに離れた町にある錬金術師と仕立て屋の合作なのよ。生地の伸縮性はかなり悪くなったけど、人が過ごしやすい適温に自動で調整する機能が備わった高級品よ」
「それはすごいですね」
「そうすごいのよ。だけど・・・」
ハルナはこの制服についてもう少し語る。
この制服を一部でも仕立て直したりするとその部分だけ調整機能が無くなること。例え同じ生地を使ってもダメで、その仕立て屋だけが元に戻せると言う。
「だから向こうへ送っても間に合わないなら、私がサイズだけでも楽になるように仕立て直したのよ」
「それは、ありがとうございます」
(そういうことなら仕方ないのかな。手間もお金も掛かっちゃうだろうし。て、あれ?)
「ハルナさん。もしかして今日のためだけにそんな高級品を台無しにしてしまったんじゃ・・・」
「あーそれなんだけど、今日だけじゃなくてまたどこかで店手伝って貰うことがあるかもしれないから、貴方達にはそれぞれに一着ぐらい自分の制服持っておいて欲しいのよ」
「なるほど」
「おー!」
たしかにその機会はまたくるかもしれない、と納得したシロネ。
そしてティナは、制服を貰えた嬉しそうな声を上げるとそのまま姿見鏡の前まで移動し、自身の制服姿を細かくチェックし始める。
「ん・・・、んー・・・、んっ」
錬金術と食べ物、それとシェリーが絡んだら積極的に自分から寄っていくティナ。
それ以外は反応が薄く勘違いされがちだが、決して他のことに興味が無いわけじゃない。
「シロネ、ティナは何してるの?」
「ふふっ、あれ結構レアですよ。ティナは気になった服を見つけたら試着なんかして色んな角度から確認しだすんです。そして・・・」
「そして?」
「気に入ったら手に入れて、そこのスライムに食べさせちゃいます」
「食べさせるんだ⁉︎ってダメよ高いのだから!」
シロネは着替えた服を入れておくバスケットの中でふるりと震えるスライムを指さしながら、お気に入りになった服の末路を口にする。
このスライムはティナがいつも身に纏って服に擬態させている個体であり、今回は制服を着る都合上スライムはバスケット内で待機させられていた。
「大丈夫です。特殊な工程で作られたものは吸収出来ないので、特別なもので助かりました」
この服装に擬態するスライムは、錬成したアイテムは吸収すら出来ず、むしろスライムの方がダメージを負ってしまったりする。
魔素を多く含む魔物素材も似たような反応をするので、手触りなども完璧に模倣するすごいスライムであるが、消化して覚える能力の制限に不満を感じているティナは、長いこと頑張って改善するため研究しているのだ。
「良かったわ。それにしても、この子には驚かされたわね。ティナが着替えると言ったら急に服が溶け出して床で集まり始めるんだもの」
「まあ初見だとそうですよね。あの後下着姿のティナと床で震えるスライムが残るんですけど、いつからかあの子、キャミソールを着た上にスライム纏うようになったんですよね」
「あら、それは良いことじゃない?スライムいなくなったら外で完全に下着姿はまずいでしょ。まあキャミソール追加しただけだと足りないと思うけど」
一体いつからだったか、シロネが知らないうちにそうなっていた。
これについてはハルナが言う通りな上、シロネに取っても嬉しいことである。
けれど、不思議にも思った。
(ほんと、いつからなんだろ?妹のあられもない姿を公衆の面前に晒す可能性を無くしたくて何度も注意したけど、私の注意では直らなかったのになー。どんな心境の変化?)
ティナがこのスライムを錬成したのは十二歳の時。それから今までに注意したのだって何十回もしている。
だからこそ、注意する度に暑いからと一点張りで断り続けたティナが何も言われず直すとはシロネには思えず、今でも疑問だったりする。
「まあそれは今度本人に聞くって事で。あと少しで開店だから店で待ってる三人の所に行って軽く打ち合わせするわよ」
「はーい。ほらティナ、そろそろ行くよ」
「んっ」
・・・
「三人ともおまたせー」
「あ、やっと来た。お姉ちゃん達遅い。ティナは私より早く着替えたのに何してたのよ」
「ん、シロ姉からかってた」
「・・・・・・確かに一人だけ浮いててちょっと面白いかも」
「それはもういいよ!」
シロネ達は店の方で待っていたリタとクルル、そしてシロネが今まで一度も目にしなかった制服姿のシェリーと合流した。
「シェリーちゃんおはよう!今日は制服姿なんだ。可愛いね!」
「おはようございます。その、ありがとう、ございます」
さらりと褒めるシロネと、もじもじして目線も合わせられなくなったシェリー。
実はここ最近、シェリーはシロネと視線が合うだけでも挙動不審となり、近付くだけでも逃げてしまうようになった。
どうしてそうなってしまったのかは分からないシロネではあるが、それは悪感情からでは無く別の複雑な心境から来ていることを理解している。
(シェリーちゃんに避けられるのは寂しいけど、今一番複雑なのはシェリーちゃんだからね。気持ちの整理がつくまで私は態度を変えずに見守ろう)
初めは混乱したけど、今ではどっしりと構えて見守るのが目上としての役割であると、そう思った。
「ふふっ、今日は一緒に頑張ろうね」
「あ、はいっ。頑張り、ます!」
相変わらずシロネの方を見ていないが、シェリーの小さな手は気合いを入れたのかギュッと力を入れて握られていた。
(そうだよ。今は目の前のことから。シェリーちゃんと一緒にこの大きな仕事をやり遂げよう!)
「よーし!頑張るぞー!」
「お姉ちゃんうるさい。打ち合わせするからさっさとこっちに来る」
「ふぇぇ・・・」
「シェリーは私と行きましょ」
シェリーはリタに手を握られ連れてかれた。
「あ、待って!お姉ちゃんを置いてかないでよー!」
慌ててその後ろを追いかけるシロネ。
その前を歩く二人、いやシェリーから、くすくすと小さく笑う声が聞こえるのだった。
もふもふアルケミスト-もふケミ- まきさんまー @Sukubo4658
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