毎日小説No.32 期待

五月雨前線

1話完結

 重い。全身にのしかかる重さが痛覚をこれでもかと刺激し、筋肉が悲鳴を上げる。


 俺はこの痛みを知っている。この重さを知っている。皆の視線が一様に集まり、目に見えぬ重圧に押し潰されそうになる。


 『重圧に押し潰されそうになる』というは本来比喩表現のはずだが、俺の場合は違う。周囲が俺に期待をする程、本物の重圧となって俺の体にプレッシャーがかかるのである。バトル漫画に出てくる、重力で相手を押しつぶす能力を思い浮かべていただければ理解しやすいだろう。


 こんな異常な体質(?)になってしまったのは、今から2年前のこと。チームの合同練習を終え、帰路についていた俺の前に突然神が現れた。神は俺に何かの呪文を唱えた後、どこかへ去っていった。以来、俺は期待されるたびに本物の重圧を感じるようになった。


 あれ以来、バッターボックスに立つたびに重圧を感じてきた。結果を出せば重圧から解放され、結果が出せなければファンの失望の雰囲気がのしかかり、俺の心に重くのしかかる。


 あまりにも辛く苦しい状態が続き、一度俺は勝負の舞台から逃げた。2ヶ月前、わざと負傷するようにプレーし、戦線から離脱したのだ。


 勝負の舞台から一時離れ、期待も重圧も気にしない環境に身を置いたことで、俺は心身ともに楽になった。しかし一方で、血の沸るような熱い思いが湧き上がることはなく、治療を受ける間は空疎で色のない日々が続いた。


 そこで俺は気付いた。今まで、期待や重圧は俺を苦しめるだけの異分子だと思っていたが、それは間違いだった。期待が向けられるからこそ、重圧がかかるからこそ、プロのスポーツマンとして血が沸るのだということ。だからこそ熱い勝負になることに、俺はようやく気付いた。


 俺に変な術をかけた神を当初は恨んでいたが、今や俺はあの神に感謝している。お陰で俺は野球選手としての矜持を取り戻し、期待してくれるファンがいることのありがたさを再認識することが出来た。ありがとう、神様。俺はもう絶対に負けない。必ずファンの、仲間の、家族の期待に応えてみせる。俺はそう意気込み、次の出番が来る時に備えて必死に練習に励むのであった。



***

「さあ、リーグ優勝がかかった大一番、一打逆転のチャンス! 打席に立つのは重圧進次郎です! 石原さん、この状況で重圧に打席が回ってきましたね」


「いやあ、本当に頼れるバッターですよね! 怪我から復帰してからは、打率4割5分8厘、ホームラン31本の大活躍ですから! ここぞというところで打ってくれる頼れるバッターですよね!」


「重圧は2ヶ月前に、危険なプレーによる怪我で一時期戦線を離脱したわけですが、怪我をする前とする後で、何かプレーに違いはあるのでしょうか?」


「やっぱり、勝負強さですよね! ピッチャーを睨む目つきがとても鋭くなりましたし、安打を打つためなら何十球でもカットして粘る姿勢も結果に結びついています! いやあ本当に、怪我をしている間に何かあったんじゃないかというくらいの大活躍ですよね! 神がかり的ですよ!」


「バッターボックスでバットを構える重圧に対して、スタンドからは地響きのような応援が送られています!」


「す、凄い声量ですね! ファンの期待の表れですよね!!」


「さあピッチャー振りかぶって、第一球を投げ」


「……あ」


「え?」


「え、え、ちょ、ちょっと! 今何が起こったんですか!?」


「し、信じられません! バットを構えていた重圧の体が突然ひしゃげ、まるでプレス機で押し潰されたかのようにぺしゃんこになってしまいました! バッターボックスは血の海です! 球場内には何十にも重なった悲鳴が響き渡っております!」


「馬鹿、何普通に実況してるんだよ! ちょ、カメラ止めて! あと救急車!! 早く!!」



***


 〜夕日新聞の朝刊の一面の文章より抜粋〜


 昨夜、重田シャークバスターズに所属する重圧進次郎が、試合中に突然事故死した。バッターボックスに立ってから程なくして、まるでプレス機で押し潰されるような形で絶命したのである。


 球場のカメラが捉えた映像を何度確認してみても詳しい死因は未だ判明しておらず、捜査は極めて難航している。SNS上でもこの不可解な死について様々な憶測がなされており、中でも『重圧に文字通り「押し潰されて」死んだ』という説が日をまたいでトレンド入りするなど、事態はさらなる混乱を招いているという……。



                                  完

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