第7話7
朝食の片付けも風呂掃除も、萌がやりたいからやってるとおじの五十鈴に言うと、五十鈴は一切何も言わなかった。
そして、五十鈴は、そんな萌を横で手伝った。
五十鈴のお陰で家事は順調に進み、予定より早くスーパーに買い物に行ける事になった。
しかし…その前に…
休憩も兼ねてダイニングのテーブルで、千紗は、横並びの萌と五十鈴と向かい合いホットコーヒーを飲んだ。
コーヒーは、萌が又入れてくれた。
そんな萌のコーヒーに、五十鈴は「美味しい!美味しい!美味しい!世界一美味しい!」をやたら連呼した。
千紗にはやはり、五十鈴の過保護な姿がなんだか奇妙に映る。
そして、千紗と萌、2人で買い物の予定たったが…
急遽仕事がキャンセルになったからと、五十鈴が高級自家用車で、千紗と萌をスーパーまで送ると言い出した。
「あの…それでしたら、萌さんと五十鈴さんお二人で、どこか東京観光でも…」
千紗は、気を使ってそう言った。
「ダメ!それはダメ!私は千紗さんと、千紗さんと買い物に行きたいの!!!」
萌から即反応が返った。
「えっ…その…」
どうしてこうも萌が千紗にこだわるのかが分からない千紗が戸惑ってると、五十鈴がニコリとして言った。
「すまない…秋野君。姪っ子は姉妹がいないから、君と一緒にいるのが楽しいみたいなんだ。頼むから一緒にスーパーに行って買い物に付き合ってやってくれないかな。二人の好きな物は幾らでも買っていいし、お金はこのカードで全部支払ってくれていいから」
そう言い、五十鈴は財布から、ブラックのクレジットカードを何でもない事のように千紗に渡した。
だがその事以上に、あの普段無愛想な五十鈴の笑顔に、千紗は驚く。
千紗は長年、会社で五十鈴とただすれ違うだけの関係だったが、いつも遠くから見ていた五十鈴のイメージとはかなり違ったから。
「はぁ…そうですか…それなら…」
千紗がそう言うと、不意に千紗のスマホが鳴った。
相手は、会社の取り引き先の社員だった。
「あっ、すいません。ちょっと、失礼します…」
そう言い、千紗はダイニングの扉を閉め自分の奥の部屋へ行った。
ダイニングのテーブルに、横並びで残された萌と五十鈴。
その二人に、カーテン越しでもすでに明るすぎる夏の日差しが静かに当たる。
萌が、今現在16歳の女子高生のはずの萌が、急に申し訳なさ気に視線を下に落とし言った。
千紗には聞こえないような小声で。
「ごめんね…五十鈴君。32年前、五十鈴君の私への気持ちにあんな返事した私なのに。そんな私に、32年前からここに来た私に千紗ちゃんを会わせてくれたのは五十鈴君なのに…別に、五十鈴君と買い物すらもしたく無いって事じゃ…」
萌の声音は今にも泣きそうで、本当に懺悔するようだ。
五十鈴は、一度、横にいる萌のテーブルに置いた左手を握ろうとしたが、何故か寸前で躊躇し止めて優しく呟いた。
こちらも小声だった。
「大丈夫。君は何も心配することは無いよ。これは全て、僕が勝手に君に対してしてる事だ。君がこれから自分が産む娘と一緒に買い物したいと思うのは当たり前の感情だよ。僕は、駐車場で車を止めて待ってるから、親子水入らずで行って楽しんでおいで」
普段、自分を俺と言うはずの五十鈴は、萌の前では30年ぶり位に僕という言葉を使っている。
五十鈴は、高校生の時までは自分の事を僕とよく言っていたのを、ふっと懐かしく思い出した。
萌は、萌と言う名は偽名で…
本当は32年前から令和の現代にタイムスリップしてきた千紗の母で、本名は美穂だった。
そして32年前、五十鈴は美穂に告白して、見事振られたあの日の事も思いだした。
五十鈴にとって美穂は、小学生の頃からずっとずっと好きだった初恋の人だった。
カーネーション みゃー @ms7777
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