豪雪に広がる歌声
正人と和夫が、樹々の入り口の前に放送機材やスポットライトを並べ、延長コードを繋いだ。美葉がスポットライトのスイッチを押すと、強く白い光がビームのように雪を貫いていった。続いてサイドスポットに灯りを灯す。ピンスポットよりも黄味掛かった温かな光が雪を照らす。サイドスポットのライトには赤・青・黄・緑のフィルムを貼った円盤が着いていて、スライドさせることによって光の色を変えることが出来る。美葉はくるくると円盤を回した。そこに花が咲くように、雪に彩りが生まれる。
和夫がデッキのスイッチを押した。
最大限に大きく設定した音量は、ひび割れながら空気を震わせる。賑やかな笛と太鼓の音。そして、張りのある少女の声が風音を縫うように雪原に広がる。
ヤーレンソーランソーランソーランソーラン
少女の声を引き立てるように、若い男の声が音を添えている。
それは、若き日の節子と夫の声であった。
「昔は小学校の校庭に櫓を組んで盆踊りを踊ったのさ。二人が生歌を披露していたんだが、ずっと歌うのは大変だからテープに吹き込んだのを鳴らす時間もあった」
懐かしむような和夫の声に正人は声を発することが出来ず、ただ頷いた。
ニシン来たかと 鴎に問えば
あたしゃ立つ鳥 波に聞け
今宵一夜は どんすの枕
明日は出船の 波枕
男度胸なら 五尺の身体
どんと乗り出せ 波の上
舟も新し 乗り手も若い
一丈五尺 のろしもしなる
沖の暗いのは 北海嵐
おやじ帆を曲げ 舵を取れ
おやじ大漁だ 昔と違う
採れた魚は おらがもの
嘗て、この町の人々を明るく導いた人の歌声が、渦巻く豪雪に広がって行く。正人の脳裏に、ふくよかな老女の笑顔が浮んだ。再びこの人の歌声を聞くことが出来た。その喜びに胸が震える。
「節子ばあちゃん、桃ちゃんをここへ連れて来て……」
美葉が両手を胸に合わせ、空に向かって呟いた。正人も瞑目し、祈る。
目を開けた正人は、美葉に身体を向けた。
「美葉さんは、中にいてください」
美葉は首を横に振る。耳付きのニット帽に雪が積もっており、首の動きに合わせてハラハラと散った。
「ここで桃ちゃんを待つ」
「駄目です!」
頑なな言葉を押さえつけるほどきつい声が、喉から吐き出される。どうしてこの人は心配している自分の気持ちを分かろうとしないのかと頭の芯が熱を持った。
「たまには黙って言うことを聞いてください!」
「何よそれ! いきなり亭主関白面しないでよ!」
強い言葉を投げると、それよりも強い言葉が返ってきた。怒りは更に強まる。
「亭主関白面じゃ無い! 心配だから言ってるんです! この前流産したばかりでしょう、身体を冷やして欲しくないから言ってるんです!」
「もう身体はなんともない! 自分の身体のことは、自分が一番よく分かってる!」
「まあまあ……」
和夫が頼りなく二人の間に割って入った時、光が目に飛び込んできた。青いスポーツカーが正門をくぐって校庭に入ってくる。呆気にとられていると、運転席の窓が開き、若い男が顔を出した。
「ここ、どんなところですか?」
若い男はふくよかな二重顎で唇にピアスを付けていた。威圧感のある風貌だが、怯えて強張った声音は幼く聞こえる。正人と美葉、和夫の三人は思わず顔を見合わせた。
「こりゃあ……。思いがけず沢山の人助けになるかもな……」
和夫の呟きに正人は頷き、青い車に駆け寄った。
「吹雪でお困りですか」
運転手は震えながら頷いた。
「何も見えなくて、ここがどこかも分からなくなって、どうしようかと……」
正人は頷いた。
「中に入って休んでください。他の車も来るかもしれないから、もう少し端に駐車してくださると嬉しいです」
運転手は頷き、窓を閉める。正人は駐車スペースの端まで誘導した。
駐車したのを見届けて戻ると、美葉が樹々の入り口に向かっていた。
「……中で、これから来るかもしれない人を受け入れる準備をするわ。……さっきは、ごめんなさい」
シュンと俯く頬に、手を添える。
「僕も、声を荒げてすいませんでした」
ふるふると首を小さく振り、手の甲に美葉が手を添えた。視線が重なり、照れくささに二人で笑った。口づけをしたいと思ったが、父親が傍にいるし寒そうに身体を丸めて男性が走ってきたので、名残惜しいが正人は美葉の頬から手を離した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます