後悔の夜
美葉が何度も大丈夫だと伝えたが、正人は美葉のベッドの横に布団を敷いた。起きていると何時までも心配するので、美葉は目を閉じて寝息を立てている振りをした。暫くして正人も穏やかな寝息を立て始めた。
規則的な寝息を聞きながら、暗がりに目を開けて天井を見つめる。
風の音が窓の向こうから聞こえてくる。天気が荒れているから、明日の朝は雪かきが必要になりそうだ。
「流産ですね」と、救急病棟の医者が言ったとき、正人はとても悲しそうな顔をした。
『子供には、縁が無くて』
そんな言葉を正人が言った気がする。ずっとずっと、昔のことだ。いつ、どんなタイミングでそんなことを言ったのか、覚えていない。でも、その時の寂しそうな顔は記憶の片隅にあって、アキとの結婚のきっかけが妊娠で、流産が別れの契機になったと聞いた時、腑に落ちた。
正人はとても子供が好きだ。桃花が小さかった頃はその可愛さにメロメロになりながらおままごとキッチンを作っていたし、それ以降も電磁波フィルターを取り付けたいと千紗が言えば、飛んで行った。猛ともよく遊んだし、大地が遊びに来ると仕事にならない。
そんな正人に、いつか自分の子供を腕に抱いて欲しいと願っていた。
願っていたのに、妊娠に対して自分の身体はどうなのかという事を考えなかった。
直美は胎児に原因があると言った。だが自分が身体と心をあまりにも粗末に扱っていて、そのせいで流産したのでは無いかと思ってしまう。
せめて、存在に気付いてあげられたら良かった。誰にも気付いて貰えないまま子宮の外に飛び出して消えてしまった命を思うと、居たたまれない。自分の身体の内側から外側に流れていった熱と感触だけは、いつまでも覚えておこうと思う。
「ブライダルチェックを受けていたら良かった」
真っ暗な天井に向かって、意識していない言葉が飛び出した。
正人と一時別れていた時、結婚寸前まで行った男性がいた。彼は、子供は沢山欲しいと願っていた。その母親から結婚前の健康診断であるブライダルチェックを受けるように言われていた。彼が「検品だ」と嫌悪感を露わにしたので、実際に受けることは無かったが。
もしもブライダルチェックを受けていたら、検品で不合格を食らって結婚の話は消えて無くなったかも知れない。それとも、妊娠しにくいことを理由に、愛人の存在に目を瞑るよう強要されたのか。
どのみち、彼とは縁が無かった。
自分は正人としか、結ばれないのだから。
正人の母が病まず、一家でアメリカに行ったとしても。両親が離婚して正人だけがアメリカに渡っていたとしても。今と違うどんな状況になっていたとしても、自分は正人と出会い、恋をして、共に人生を歩むだろう。
その想いは、久しぶりに美葉の心を平穏に導いた。
規則的な正人の寝息を聞きながら、美葉もそっと目を閉じる。
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