兎の仔
人参の皮やキャベツの外葉などの残飯が入ったバケツを、給食のおばさんから受け取ると、美葉と佳音は飼育小屋に駈けて行った。
一坪ほどの飼育小屋には鶏と兎がいて、美葉達を見付けると一目散に寄って来た。先に陽汰が飼育小屋に入っていて、のんびり兎を撫でていたのだが、その兎も美葉達を見付けるとむくりと身体を起こし、ピョンと跳んで寄ってきた。陽汰は瞬時の心変わりに憮然とした表情を浮かべる。錬と健太もいたはずだが、飽きてしまったのだろう。グラウンドの向こうでボールを蹴り合っている。
「あ!」
突然佳音が悲鳴のような声を上げ、飼育箱の隅に駆け寄る。何事かと美葉は佳音のそばに言った。汚れた敷き藁の上に、薄いピンク色の生き物がいる。五㎝ほどの兎の形をした生き物は、薄い膜に覆われており、時折ピクリと小さく動いた。
「うさぎの赤ちゃんかな……」
それにしては余りにもグロテスクだった。そして、母親らしい振る舞いをするものはおらず、捨てられたように転がっている。
「先生をよんでくる!」
美葉は飼育小屋を出て、校舎へ走った。
飼育委員担当は家庭科の若い女性教師だった。彼女は汚らしいものを見るような視線を小さな命に向けてから、しかめ面で顔を崩した。
「おかあさんうさぎにみすてられちゃったみたい。先生、たすけてあげて」
懇願する佳音の声にしかめ面をますます深める。
「母親が見捨てたんなら、死ぬよ。放っときなさい」
「そんな! お母さんのかわりにミルクをあげたら大きくなるかもしれないでしょ?」
美葉が抗議すると先生は馬鹿にしたように肩を竦めた。
餌を食べ終えた兎たちが思い思いの場所に散っていく。食後の運動とばかりに走り回る個体もいる。その内の一匹が小さな兎を無造作に蹴った。兎は痛いと訴えるように身じろいだ。佳音が悲鳴を上げ、美葉は兎に駆け寄り他の兎がもう二度とこの小さな命に危害を加えないように身体で壁を作る。
「そんな事しても無駄。もう帰りなさい。明日には死んでるから、埋めるなりなんなりしてやれば」
無責任な言葉を吐いて、家庭科教師は飼育小屋を出て行った。
***
夕陽が落ちる頃、小さな命は動かなくなった。
健太が自宅からスコップを持ってきた。スコップで兎の遺体をすくい上げ、校庭の隅にある樫の木の下に埋めた。一度もミルクを飲ませて貰えず、身体を舐めて貰うこともなかった命に、涙が溢れてきた。
帰りが遅いと心配した美葉の母がやって来た。美葉は泣きながら可愛そうな兎のことを話した。佳音も泣いていた。母は美葉と佳音を抱き寄せた。
「兎はね、流産しちゃうことが結構多いのよ。普通はほったらかしにされるけど、この子はみんなに看取って貰えて、お墓も作って貰えて幸せだね。きっといつかまた兎に生まれ変わったら、人懐っこい子に育つわ。親切にされたことは、魂に刻まれて残り続けると思うよ」
そう言って、母は美葉と佳音の頭をポンポンと叩いた。
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