新千歳空港
アルバムと解剖学の教科書三冊が入ったスーツケースは、重い上に重量バランスが悪い。正人が引く小型のカートは時折うねるようにふらついた。
搭乗口を出ると、キンと鋭い冷たさを感じた。その空気が鮮烈に懐かしく、身体の力が抜ける。
「帰ってきたね」
美葉がふらつくカートに手を添えると、正人は微笑みを返した。
「帰ってきましたね。北海道の空気は、やはりほっとします」
人の流れに合わせて歩く。皆少し足早で、どこかそわそわとしている。観光客の方が多いのかも知れない。殆どの人はショルダーバッグのような軽やかな鞄を持っている。大きなキャリーケースは手荷物として預けているのだろう。きっとそれにはまだ隙間が沢山あって、これから沢山の出会いの末に徐々に重くなっていくのだろう。美葉達の荷物は、正人の思い出の品と、東京ばな奈が増えただけだった。
「……ありがとうございました、美葉さん」
出口に向かうエスカレーターに並んで乗った時、正人が言った。美葉は小さく首を傾けた。
「東京に行って、良かったです。曖昧にしていたものがはっきりとして、母の死を具体的に受け止めることが出来ました。アルバムも美葉さんに見せる事が出来ましたし」
正人は穏やかに微笑んでいた。美葉は安堵の息を吐きつつ、腹の底に居座る罪悪感は一生拭えないのだろうと思った。それは大きくて重たい石のように鎮座している。
エスカレーターを降りると、人の流れが乱れた。トイレに行く人や手荷物カウンターに向かう人、出口へまっすぐ向かう人、立ち止まり待ち人を探す人。
人波の乱れに一瞬目眩を覚えた。同時に、身体の奥に津波の前兆のような違和感を感じ、思わず立ち止まる。
「美葉さん?」
問いかける正人の声がどこか遠くに聞こえた。身体の内側がベリベリと剥がれ落ちる感触と、下腹部の痛みに息を飲む。腹部が熱を持ったように熱いのに、頭頂から氷浴びたように身体が冷えていく。立っていられず蹲るのと同じスピードで、意識が遠くに去って行った。
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