やっぱり親子だ
「片付け、手伝います。箒とちりとり、ありますか?」
「ほ、箒……? どこだろう?」
「ああ! いいです! 私探します。お父さんは動かないでください」
不用意に動いては割れた食器を踏みかねない。そう思ってつい強い口調になってしまった。やべ、と思ったが哲也は身体を小さくして眉を擦っている。
「ちょっと待っていてください」
美葉はそう告げてリビングを後にする。掃除道具など、表に出したくないものをしまっておく場所を推理する。大抵階段の下に収納場所があるはずだと思った。階段の下にはやはり小さな扉があった。扉を開けると壁際に箒とちりとりが掛けてある。その下に、束ねた新聞紙も発見した。紐をほどいて一冊を手に取る。十三年前の十一月末日の新聞だった。恐らく正人が旭川に出発する直前の新聞で、孝造がまとめたものだろう。
美葉が割れ物の片付けをしている間、宿題を忘れて立たされている子供のように、哲也は直立不動の姿勢で立っていた。美葉は吹き出しそうになるのを堪えていた。
割れ物と掃除道具を片付けて戻ると、哲也はシュンと肩を落としていた。
「お父さんがこちらに来られたのは、いつですか?」
美葉が尋ねると、哲也は頬を引きつらせながら口を開いた。
「昨日、です」
「お茶っ葉なんて、買ってきてないですよね?」
「え、ええ……」
美葉は堪えきれずにふふふと笑みを零した。
「だったら、お茶っ葉があったとしても、もう使えないかも。少なくとも十三年前のものですから」
「ああ!」
哲也はぽんと手を叩いた。それから、しょぼんとまた肩をすぼめる。
「お客さんにお茶も出せないなんて……。折角北海道からいらしてくれたのに、なんと情けない……」
美葉は首を横に振る。
「駅前にコンビニがありましたよね。私、買ってきます。あ……晩ご飯、どうしますか? 作ってもいいんですけど、食材を余しても。ついでに何か、買ってきましょうか」
「あ、いえ」
哲也は片手を上げて美葉を制した。
「それなら、デリバリーを利用しましょう。コンビニから取り寄せ出来ますし、食事も好きな店から選べますし」
「ま、まさか、それって……」
思わず、声が震える。
「ウーバーなんとか、ですか!?」
「え、ええ。Uber Eatsでも、Woltでも……」
「まじで!? え、どんなの頼めるんですか? ちょっと、さっきもしかしてコンビニから取り寄せとか言いました? そんなことまで出来るんですか!?」
「え、ええ。使ったこと無いのですか?」
「無いですよ! デリバリー自体ありませんからねっ! 当別には!」
おかしなテンションになってしまい、ポケットからスマホを取り出し、かの有名なデリバリーサービスのホームページを開く。
「ええ!? インド料理もタイ料理もメキシコ料理まで選べるんですか!? 流石東京!」
「札幌でも多分、可能かと……。当別町は札幌の隣町だと伺いましたが、デリバリーが利用できないというのは、本当ですか?」
哲也の声に我に返り、人差し指を止めた。急に恥ずかしくなり、頬が熱くなる。
「ちょっと、取り乱してしまいました……。失礼しました」
「いえ……」
哲也はやっと自然な笑みを頬に浮かべた。美葉も幾分ほっとして、改めて哲也に視線を向けた。学者という肩書きを聞き、堅苦しい人を思い浮かべていたが、とても物腰の柔らかい紳士だ。質の良いモスグリーンのセーターに、濃いグレーのスラックスがおしゃれに見えた。美葉は首を傾げる。正人は服装に全く頓着をしないが、哲也はそうでもないらしい。でも、迷い無く十三年前のお茶を出そうとするそそっかしさは正人によく似ている。
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