男子会

 健太と錬、悠人の三人がドアチャイムをけたたましく鳴らして現われたのは、正人が樹々の閉店作業を終えて夕食の献立を考えていた時だった。


「よー、正人!」

 そんな声を掛けつつワラワラと中に入り、テーブルに幾つものエコバッグを置く。


「な、何々? どうしたの?」

 戸惑う正人を余所目に、テーブルにはみるみるうちに惣菜とビールが並べられていく。


「どうって、嫁さん達が女子旅なら、残った俺らは男子会に決まってるベさ」

 戸惑う正人の手に、健太がビールを押しつける。正人は慌ててそれを押し返す。


「駄目だよ。美葉さんがいないからこそ、親父さんにご飯作らなきゃいけないし、酒盛りなんかしたら明日に響く」

「大丈夫! 親父さんには日の丸亭の唐揚げ弁当お供えしといたし、美葉のお許しも頂いてる。このところ残業頑張ってたから羽目を外していいよってさ」


 嫁が女子旅に加わっていない悠人がビールのプルトップを開ける。


「錬君だって、大地君のお世話しないと……」

「……それが……、佳音の実家から連れて帰ろうとしたら、『ばあばのところに泊まる』って泣かれちゃってさ……」


 気まずそうにボリボリと坊主頭を掻いた。皆それぞれ席に着き、銀色の缶を開けて正人を見ている。正人は諦めの溜息をつき、健太の手からビールの缶を受け取った。


「ウェーイ!」

「男同士の夜に乾杯!」

「佳音に怒られないか心配だけど、今夜は楽しむぞ!」


 思い思いのかけ声をかけて缶を掲げると、グビグビと喉を鳴らす。正人も軽く缶を掲げてビールに口を付けた。労働の後のビールは確かにふわりと心をほどいていく。


 テーブルの上にはコロッケやザンギ、天ぷらなどの揚げ物や、焼き鳥、ピザなど茶色い食べ物が並んでいた。


「嫁さん軍団が見たら、栄養バランスがどうたら怒られそうだな」

 正人の脳裏によぎった言葉を、悠人が代弁する。


「俺はジンギスカンが良かったんだけどさ、樹々はカセットコンロ厳禁だからさ」

「臭いが残るから駄目!」


 非難めいた健太の視線に、正人はきっぱりと首を振った。以前突然に焼肉パーティーが繰り広げられ、暫く臭いが残った。美葉は翌々日からは気にならないと言っていたが、五感が鋭利な正人には床や家具に染みついた脂の臭いがいつまでも気になった。家ならばいい。しかしここはギャラリーであり、家具工房なのだ。お客さんの家具に臭いが付いたら困る。


「俺はザンギがあればいい。突然『ザンギは月に一回』って言われちゃって……」

 錬がザンギを宝物の様に箸で摘まむ。


「どうしてです? ザンギは錬君の大好物でしょう?」

「揚げ物ばっかり食べてると、膵臓癌のリスクが上がるってさ。あれは遺伝も関係あるからって」


 そう言って、パクリとザンギを口に入れ、じっくりと咀嚼していく。正人はすっと胸が冷えた気がして、暢気な表情でザンギを堪能する錬を見ていた。健太も悠人も同じような痛みを感じたようで、視線を思い思いの場所に向け、ビールを傾ける。ザンギを飲み込んだ錬はすかさずビールをゴクリとのんで脂を流し込んだ。それから、とん、と少し大きな音を立てて缶をテーブルに置く。


「もうすぐ俺、普通のサラリーマンになるからさ。早番なくなるし、当別に越しても来るし。だから遠慮無く飲み会に誘ってくれよな」


 錬の言葉がすぐには理解できなかった。パン職人の錬はシフト制で働いており、早朝から昼過ぎの勤務か、昼過ぎから深夜までの勤務だ。しかも居住地は車で三十分ほど離れた札幌の町。宴会にはどうしても不参加になる事が多かった。保志の町に店を出す予定ではあるが、開店はまだ一年以上先になる。店を持ったとしても、早朝から夜遅くまで働く生活は変わらないだろう。


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