無秩序な音楽隊結成
外でギターを弾かせるのは流石に気の毒だからと美葉から頼まれて、陽汰がドラムの練習場として使っている納屋を貸すことにした。悠人は翔のことは嫌いでは無いが苦手だった。落ち着きが無くて真面目な話も「ウケるー」と言って笑い飛ばし、話の途中でどこかへ行ってしまう。正直なところどう扱っていいのか分からない。
「ドラムは陽汰のだから壊したら怒られると思う。ここ以外の場所には立ち入らないで。大事なものやガソリンを使う危険な物があるからね」
「陽汰の兄ちゃん細かーい! ウケるー!」
案の定話の途中で決めぜりふを吐き、ドラムを叩き始めた。悠人は肩を竦め、気にしないと自分に言い聞かせつつ納屋を出る。
程なくして大音量のエレキギターの音が晴れた冬空に響き始めた。烏が驚いて悲鳴を上げ、飛び立つ。今日はよく冷えて雪煙が上がっていた。
通りから、美葉の車が走ってきた。ゆっくりと敷地に入り、停車する。ドアを開けると顔をしかめて空を仰ぐ。
「なんかごめん。やっかいな人を押しつけちゃって」
「いいさ。そもそも陽汰の友達なんだから、うちが引き受けるべきなんだ」
申し訳なさそうに眉を寄せる美葉に、頷きを返す。心なしか頬が痩けて顔色が優れないように見えた。
「美葉、ちょっと悩みすぎてないかい? 顔色が悪いよ」
「そう?」
美葉は首を傾けた。美葉は昔から身体の不調に気付かない質だ。小さい頃は熱が出ていても陽汰達と走り回っていた。
「ご飯ちゃんと食べてるかい? 痩せたように見えるけど」
「あー、しばらく体重計に乗ってないや。胃が荒れてるのかな、ちょっと最近食欲無いかも」
コートの胃の辺りに手を当てて、軽く笑う。
「でも大丈夫。心配してくれてありがとう」
根拠の無い大丈夫にちょっと説教をしようかと口を開いたが、森山家の方から子供の歓声が聞こえ、小さな人影が走ってきたので止めた。佳音の姉瑠璃の子供達が駈けて来る。小学校四年生の律、一年生の遙。遅れて、大地もやって来た。
「ジャーン! ってきこえた。なんのおと?」
前髪を眉のずっと上で切りそろえた遙が首を傾ける。
「エレキギターだよ」
悠人は苦笑した。
「ね、折角だから、ギターに触らせて貰ったらどうかな」
美葉が言う。言葉の奥に美葉なりの仮説があり、それを証明したいと思っているような空気を感じた。その意図を推し量ることが出来ず悠人は首を傾げた。だが翔はこれだけ周りに迷惑を掛けているのだから、子供達の好奇心を満たすくらいしても良いだろうと思う。
「いいよ、翔にギターの先生になって貰おう」
「ギター?」
「やりたいやりたい!」
子供達が飛び跳ねる。
納屋のドアを開けるとギターのヘッドを持ち上げて弦をかき鳴らす翔の姿が見えた。子供達がきょとんと立ち止まる。大地は指で耳を塞いだ。
「なんだかうるさーい!」
「おっきーおとー!」
遙と大地が顔を合わせて笑う。律は目を丸くして、翔の姿を見つめる。その瞳に憧れの影を見た。翔が子供達に気付き、驚いたように手を止めた。それからニカッと笑う。
「ちびっ子いっぱいいるじゃん。ウケるー!」
「うけるだってー」
「へんなのー」
翔の言葉に子供達はぎゃははと笑った。
律がギターを指さした。
「ぼく、それひいてみたい」
「おお! いいぞー!」
恐る恐る言った律に翔はニコニコと頷き、ストラップを肩から外した。律の肩に掛けたが、ギターが膝の辺りに下がってしまう。思ったよりも重たいのだろう。律が困ったような顔をしている。
「ちっちゃ。ちびっ子ちっちゃ! ウケるー!」
ウケてる場合じゃないよと肩を竦め、悠人は収穫コンテナを隣の納屋から持ってきて裏返しに置いた。そこに律を座らせて、ギターを膝に置く。律の身体に対してギターは大きかったけれど、弦に手が届くようになった。
「ジャーン! ってやってみな!」
翔が手をしならせた。律がそれを真似すると、ジャーンと大音量が響く。律は驚いて目を丸くし、遙と大地が歓声を上げる。律がまた弦を鳴らす。自分が出した音量に嬉しそうな笑顔を見せる。遙と大地が飛び跳ねる。ジャンジャンジャンとかき鳴らす音色に合わせて、翔がドラムをバシバシ叩いた。遙が歓声を上げ、ギターの弦を一本だけはじいた。ポン、と音がする。
「こんなおともなるんだね」
大地が細い弦を摘まんで離す。甲高い音が小さく鳴った。
「ちがうおとがする」
「じゃあこれは?」
遙が太い弦をはじくと、重たく太い音がした。
「おもしろーい!」
三人の子供達が笑い、翔がドンドンドンとバスドラムを鳴らした。大地がその音源に顔を向け、ドラムセットに駆け寄った。翔がスティックを渡すと、サイドシンバルをジャンとならした。大地の目がキラキラと輝く。遙が掛けてきて、翔からもう一本のスティックを受け取った。
大地と遙が手当たり次第にドラムセットを鳴らし、律がギターをかき鳴らす。美葉と悠人は思わず耳を塞いだ。翔のウケるー!が大音量にかき消される。
無秩序な音楽は、徐々に調和を生み出していく。思い思いにならしているはずなのに、楽しくおしゃべりをするようなやり取りが音色の中にあるような気がした。
美葉が何かを掴んだように、微笑んで頷いていた。
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