佳音と錬が抱えているもの

「佳音も、何かあったんじゃない?」


 美葉は率直に問いかける。頼れる看護師ぶりを発揮しているけれど、実はそんなに強い心を持っていない事を美葉は知っている。佳音は小さく身体をすぼめて、頷いた。


「錬のお父さんがね、膵臓癌になったの。幸い発見が早くて、手術できるんだけど。膵臓癌って治療が難しくてね……」


「錬の父さんも病気かよ……」

 健太が途方に暮れたように呟く。佳音が苦笑を浮かべた。


「おかしな事じゃないんだよ。人間の身体って、対応年数は五十年なんだよ。食べ物が良くなって、医療技術が上がって寿命が延びているけど、五十年過ぎたらどっかこっか不具合が出てくるんだよ。癌もそうだし、認知症もそうなんだ。病気になったのも、不運だったってだけじゃない。健太のお父さんも、うちのお義父さんも、お酒と煙草が好きで不摂生だった。……使い方で身体は痛むものなんだよ」


 そう言ってから、佳音は大きく首を横に振った。


「で、うちの旦那が急にパン屋になるのをやめて会社を継ぐって言い出したのよ」


「はあ!?」

 美葉は思わず大声を上げた。


「会社継ぎたくないって家出して、やっと自分の店を持とうって段階でやっぱり会社継ぐって?」

「そうなのよ!」

 どん、と机を叩く。


「今働いているパン屋を辞めてすぐにでも会社に弟子入りするっていうから腹が立っちゃって大喧嘩。大地連れて実家に帰って来ちゃった」

「あらら。その身体で当別から手稲まで通勤するの? 大変じゃん。早く仲直りしなさいよ」

「錬が頭を冷やさない限り、帰りません」

 佳音は肩を竦める。美葉は眉を寄せたが、健太は大きな声で笑った。


「大丈夫だ! 錬は寂しがり屋だからな。もう少ししたら『ごめんなさいー』って電話掛かってくるさ」

「そうかなー」

 上目遣いに健太を見て、ジンジャーエールをグビリと飲む。佳音が妊婦じゃなかったら、今頃大虎になっていたことだろう。缶を置くと、佳音は視線を美葉に向けた。


「この際だから、美葉もこの場でみんなに相談したら?」

 え、と思わず声が漏れる。思わぬ水を向けられて、思考停止に陥る。


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