みんなの力を合わせてごらん
遺影の中の節子は、美葉の記憶にある彼女よりも痩せていて、刻まれている皺も多くて深い。達観した仙人のような頼もしい笑顔ではなく、赤子が微笑むように穏やかだ。皆遺影の笑顔をよく知っていて、弱り行く彼女を最後まで慈しみ守っていた。けれど自分はその存在を知らない。早くに亡くなった母の代わりに、大きな愛で守ってもらった記憶しかない。この節子を見る度に、美葉の胸に、薄い敷物を敷くような罪悪感が広がっていく。
節子の命日には、生前交流のあった者達が訪れて仏壇に手を合わせる。そうすると、すぐ傍に節子が来て「いつもよく頑張っているね」と頷いてくれるような気がする。皆それぞれの思いを抱いてここに座り、手を合わせる。そして、波子が用意した茶を啜りながら節子の思い出を語り合うのだ。
小春日和という言葉がとても似合う、うららかな日差しが縁側を暖めていた。節子が息を引き取ったというロッキングチェアが、その日のまま置かれている。
節子の命日は、いつもみんな穏やかな表情をしているはずだった。しかし、客を迎える波子と佳音はどこか沈んだ顔をしていた。
「元気がないですね」
湯呑みを手の平で包みながら、正人が言う。頷く悠人もまた、表情に疲れを滲ませていた。大きな瞳の下瞼にはクマが浮んでいる。悠人は最近、常にこんな冴えない表情をしている。理由は桃花を震源とした家庭内の不和だろう。
「ちわーっす」
軽い声を上げて健太とアキが姿を現した。自分たちを見付けると、ひょいと手を上げてみせる。アキも軽い会釈をよこした。
二人は仏壇の前に正座をし、手を合わせる。上背のある健太に対してアキはとても小さくて華奢だ。おかっぱの頭が健太の肩よりも下にある。こんなに小さな身体だけれど、トラクターを乗りこなすし重たいものを軽々と持ち上げて運ぶ。頭を垂れる姿はスノードロップのように可憐だけれど、芯の強い女性だと思う。
隣でふっと正人が息を吐いた。見上げると、綺麗な形の眉を少し寄せていた。
「健太達もなんだか、元気がない」
そう呟いて、謎を解こうとするように首を傾けた。
ここにいる全員が、何かしらの問題を抱えて悩んでいるのだと悟り、美葉も小さく首を傾けた。
不意に突風のような風が駆け抜けた。強いけれど日差しのぬくもりそのもののように温かな風だった。思わず目を閉じて風をやり過ごし、落ち着いてから乱れた髪を指で梳く。視線の先でロッキングチェアがぎしっと音を立てて揺れていた。
『みんなの力を合わせてごらん』
節子がそう言っているように見えた。
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