スターダムを駆け上がれ

 渓谷に囲まれた国に、美しい姫がいる。彼女は魔王に囚われ、呪いを掛けられている。


 満月の夜に国の民を一人殺し、その肉を喰らわねばならない。そんな悍ましい呪いだ。人を喰らって生きるくらいならば死にたいと姫は願う。しかし、死ぬことは叶わない。呪いに抗うことも出来ない。


 自死すれば、国は火に包まれ民は死に絶える。元は父が守っていた豊かな国だった。その民を巻き添えにして苦しみから逃れるわけにはいかない。


 呪詛から逃れる方法は一つだけだ。


 それは魔王を殺す、という事。


 魔王の傍にはいつも二人の従士が控えている。一人は剣術に長け、もう一人は魔術に長けている。魔王の力はこの二人よりも更に強大である。


 ある満月の夜、若き女性がいなくなり、半身を食い尽くされた姿で発見される。女の恋人は復讐を誓い、姫を殺しにやって来た。そこで、彼女が実は魔王の被害者であると知る。男は魔王に戦いを挑む。


「――っていうのがぁ、映画のストーリーでーす!」


 顎の下に拳を添えて、加山が言う。加山御用達のカフェは打ちっぱなしのコンクリートがクールで男性的だ。ポトスのグリーンがモノトーンの空間にある唯一の色である。加山も黙っていればクールなイケメンなのだが、口を開けば乙女に変身する。


「ね、加山さんってさ、テレビ番組のプロデューサーでしょ? 何で今回映画なの?」

「きゃあ! のえるちゃん、良いこと聞いてくれるぅ! 私ねー、本当は映画に携わりたかったのよ。でもとにかくキャリア積まなきゃって思って、社畜として働いてたんだけどぉ、この度やっと夢かなって映画のプロデュースさせて貰うことになりましたー」


 人差し指と中指をピンと伸ばしてピースサインを作る。それを横に倒し右目の横に添えた後、軽く肩を竦めた。


「っていっても、枝だけどね。大本のプロデューサーは、アッシュよ」

「!?」


 思わぬ答えに、陽汰はライムソーダを吹き出しそうになった。


「プロデューサーって一杯いるんだー受ける―!」


 脚をぶらぶらさせながら翔が言う。そろそろ退屈してきたようだ。翔がむやみやたらと動き回わらないように見張る世史朗の背後に、ドグロが巻く。加山はそんな空気にはすっかりなれていて、うんうんと軽く頷いた。


「プロデューサーの定義って、ちょっと曖昧だったりややこしかったりするの。プロデューサーの親分のことは『エグゼクティブ・プロデューサー』って言って、今回はアッシュ。映画を作るには制作、資金集め、宣伝、音楽って役割分担が必要なの。プロデューサーはそれぞれの役割の班長みたいなもん」


 人差し指を立て、教壇に立つ講師のように得意げに言う。


「アッシュが原作の漫画をめっちゃ気に入って、映画化したいーって言い出したのがこの企画の発端。お友達の映画監督に打診したら『やってもいいよ』って言って貰えたんだって。で、ついでに自分のレーベルのku-onも映画を使って売り出しちゃえって事になったの。ちょうどひなたんがアクションスターとして台頭してきたとこだし。後の制作については、私達制作者側に丸投げー」


 アッシュは歌手や俳優、写真や絵画と何でも手がけるカリスマアーティストだ。ku-onは彼のレーベルに所属している。聞く限り、アッシュの我が儘を、大人の事情を駆使して叶える企画に思えてならないのだが。アッシュくらい大物になればそんな我が儘も叶うのかとある意味感動する。


「じゃ、監督が私らを指名したわけじゃ無いんだ」

 さも関心なさそうに、のえるが言う。その声の裏側に落胆の色が見えた気がして、陽汰はのえるに目を向けた。のえるは目を伏せてストローを回している。ストローの先端から無数の透明な泡が生まれ、あっという間に天に召されていく。


「でぇ、お姫様がのえるで若者が陽汰。魔王役は大御所俳優の大滝琢郎さん。世史朗と翔は魔王の従者二人。世史朗が剣の達人で翔が魔法使い」

「きえー! 魔法使いだって!」


 翔が杖を振る仕草をし、足をバタバタさせて笑う。確かに世史朗に剣の達人は似合うと思う。問題は自分だよと、陽汰は思っていた。


「因みに、ひなたんのアクションシーンはスタントなし。加工もしないんでマジな奴をお願いね」

「……まじか」


 思わず顔をしかめる。加山は机に肘をつき、そこに顎を乗せて陽汰に視線を向けた。


「自分に出来るか、心配してんでしょお」

 図星を指されて、陽汰はムッと口を閉じた。加山は口角を上げて続けた。


「心配要らないわよ。あんた、自分が思っているよりずっと演技力あるんだよ。表情で語れる役者なんだから」


 それは、目を前髪で隠している間遠慮なく顔に感情をダダ漏れにさせていたからだ。口で話が出来ない分、顔に出るのである。


「怪我の功名ね」


 ほら、考えていることを読まれた。陽汰は眉を寄せる。こういう不快だというサインは、大概加山には無視される。


「台詞回しも上手よ。普段しゃべんない癖に、台詞は流暢にしゃべれんのね」

「台詞は、自分の頭で考えた言葉ではないからだ」

 世史朗が勝手に答え合わせをする。


 そうなのだ。台詞であれば、自然に声が出て人と会話することが出来る。台詞には自分の責任は一切ない。この行為が、実は凄く良いリハビリになっている。俳優業を始めてから、人と話をする抵抗感が和らいだのは確かだ。


「ku-onの伝説は、これから始まるのよ。精々華々しくスターダムを駆け上がってちょうだい」

 加山は鮮やかにウインクをした。

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