運命を変える人

 モンスターの手の平から光線が発せられる。身を翻し砲撃を避けると、着弾した地面から爆発で生じた熱波が容赦なく襲ってきた。


「火薬多くね? 経費節減しろよな」


 思わず呟く陽汰。空中で一回転し、モンスターに跳び蹴りを食らわす。敵は雄叫びを上げて横たわるが、すぐに不敵な笑い声を上げて立ち上がる。生身の姿では、やはり太刀打ちできない。


「仕方ないな」

 陽汰はすくっと仁王立ちになり、腹部に巻かれたベルトをスライドさせる。

「変身!」


「はい、カーット!」


 監督の声が響き、陽汰は身体の力を抜いた。ヒョコヒョコと監督の下へ行き、カメラチェックに加わる。


「いいね」

 ハンチングハットを被った監督は満足そうだが、陽汰としてはバク宙の高さがもうちょっとあってもいいかなと思う。


「……低いと……思うんすけど……」

 何とか意見を伝えてみる。監督は首を捻って少し考え込んだ。


「いや、これで行こう。カメラアングル的には、あれくらいの高さがいいよ。それに、火薬も勿体ないし」


 そこケチるんなら一回量を減らせよな。胸中で呟きながら頷く。監督がいいって言うなら、いいや。今日の撮影はここまでだ。明日はスタジオでの撮影。それが済めばクランクアップとなる。やっと俳優の真似事から解放されると息をついた時だった。


「ひなたーん!」


 男のくせに黄色い声を張り、ショッキングピンクのポロシャツ姿で手を振る男が現われた。思わず背を向ける。加山は内股でパタパタと追いかけてきて背中をバンと叩いた。


「ちょっとー! なんで無視すんのー」


 黙っていたらイケメンなのに、乙女の表情でムッと頬を膨らませる。職業、番組ディレクター。年齢三十七歳。この男のお陰で、陽汰の人生はいい意味でもよく分からない意味でも変わった。


 昔、彼女ができないと焦る健太が、当時流行していたお見合い番組を当別に招致しようとした。そのプレゼン資料を作っていると楽しくなり、かなり悪乗りしてしまった。


 番組の主役となる人物はキャラの濃いイケメンとして正人。その対極となる正統派イケメンとして兄悠人を設定した。二人の特徴を比較するようなプロモーションビデオまで作った。パワポで当別の魅力や立地が撮影場所として有利であることなど、幾つものメリットも上げた。当別に番組がやって来たのは陽汰の悪乗りが功を奏したと言って良いだろう。その番組ディレクターが加山だった。


 陽汰は緘黙症という人と話をするのが難しい病のため、自宅に籠もって音楽を作る生活を送っていた。曲だけの動画を目にしたのえるが歌を乗せて配信してくれていた。ネット上の繋がりだったが、のえるは直に会いたいとオファーするようになった。その度「自分はコミュ障なので」と拒んでいた。するとのえるは、番組が募集した女性陣に混じって陽汰に会いに来るという、強硬手段に出たのである。


 それから二人でku-onというユニットを作った。動画が評価され、ギターとベースを加えたバンドとしてメジャーデビューも果たした。ku-onは小さな会場であれば、単独で全国ツアーを回れる位には知名度を得ている。気の合う仲間と音楽を作り、それで飯を食っていけるのだから、万々歳の人生だと思っていた。しかし、そこにまた加山が現われた。


 引きこもり時代の陽汰はくせ毛の剛毛で顔を半分覆っていたが、メディアに出るのを機に前髪を上げるヘアスタイルに変えた。すると、視界からの情報が八割増しになった。元々運動神経は良い方だったが、視界が良くなると身体の動かし方が変わり、運動機能が向上した。面白いのでエクササイズがてら、動画に流れている格好いい武術を真似ていた。それを加山がこっそり撮影していたのだ。加山が酒の席で、子供向けヒーロー番組の制作者に動画を見せたところ気に入られて、今回主役に抜擢されたのであった。


 こいつが関わると、なんだか運命がねじ曲げられる気がする。

 陽汰は自分の腕が泡立つのを感じていた。


「ね、ね。今日はとびきりいい話を持ってきたのよん」


 舐め付けるような視線を向ける加山に、陽汰は一歩後退る。それよりも半歩大きく加山は身体を寄せてきた。


「ブラックライダーを見て、大御所監督があんたを気に入ってね。主役に抜擢したいんだってさ。そしてなんと、ヒロインはのえる! オマケにku-onの曲をエンディングテーマに使いたいって!」


 うう、と陽汰は唸る。もう俳優業は懲り懲りだと思っていた。台本の台詞を読むのは問題ないのだが、撮影を通じて監督や他の出演者と意見交換をしなければならない。それが緘黙症サバイバーとしてはかなりハードルが高いのだ。


「のえるがヒロインってことはさ、キスシーンがあるかもよ。……もしかしたら、ベッドシーンなんかも……」

「べ……!!!」


 体中の血液が一気に頭に集まり、爆発しそうになる。のえるとは、男女の付き合いという関係にまで発展していない。自分はのえるのことが好きで、それは多分伝わっている。のえるも自分の事が好きだと、伝えられたような気がする。……そこから関係を発展させることが出来ないでいた。


 いや、でも、ベッドシーンなんかにつられてなるものか。陽汰はじろりと加山を睨んだ。

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