漆黒のライダーの正体は
リビングのソファーに座ってぼーっとテレビ画面に視線を向ける錬を見ていると、罪悪感に苛まれてきた。佳音は緑茶を入れ、錬の前に置く。大地は床に転がり、じじばばから貰った電車のおもちゃで遊んでいる。
「……癌か……」
錬がポロリと呟く。佳音はまだ洗い物が残っていたが、居たたまれず錬の隣に座った。
「可能性があるよって話だよ。ちょっと大袈裟に脅しただけ。ああでもしないと、ちゃんと病院に行かないでしょ?」
「え!?」
錬は小さな目をまん丸にして振り返る。
「脅しだったの?」
改めてそう問われると困ってしまう。佳音は苦笑いを浮かべた。
「どんな病気でもね、重大な病気が隠れていないか調べてから治療に入るべきなんだよ。糖尿病は膵臓から出るインスリンってホルモンが不足して起こる病気。と言うことは、膵臓自体に大きな病気があるかも知れないの。それを調べもしない病院はちょっと心配だな。それに糖尿病だったとしたら、それこそちゃんと治療しなきゃ。血糖値のコントロールが悪いままだと、失明したり人工透析が必要になったり、血行障害で手足を切断しなきゃいけなくなるんだよ」
「そう言えば、健太の父さんも足を切断してるもんな」
錬の言葉に佳音は頷きを返す。健太の父が壊疽で左足を切断したのは佳音達が高校生の時だ。伸也は重度の糖尿病なのだが、生活習慣を改める気は無いようだ。
「そうなんだよ。二次障害だけじゃなくてね、血管が老化して脳梗塞や心臓病になる確率も高くなるし、認知症になる確率も倍に跳ね上がるんだよ」
「へー。糖尿病怖えーな」
ぽかんと口を開ける錬の足を軽く蹴る。
「人ごとじゃないよ。糖尿病は遺伝するから、錬も気をつけなくちゃ。試食と言い訳して甘いパンをつまみ食いしたり、ザンギばっかり食べてちゃ駄目だよ」
最近弛んできた腹部をつねると、錬は大袈裟に痛がり身体を捩った。
「あー! ライダーだ!」
突然大地が立ち上がる。指を差したテレビ画面の中で、陽汰が仁王立ちになっていた。
『変身!』
キリリとした声音でそう言うと、やけに太いベルトをカチャリとスライドさせる。すると身体が光に包まれ、漆黒のスーツを纏う姿に変わる。頭部は鎧のようなマスクに覆われている。
「へんしん!」
大地が陽汰の真似をする。
『君もライダーになれる! 共に戦おう!』
漆黒の仮面のライダーは太いベルトを着けた少年の肩に手を置き、テレビ画面から語りかける。大地は憧れの眼差しを画面に向ける。そして天井に顔を向け、パンパンと柏手を打った。
「サンタさん、ライダーベルトをください!」
もう二度柏手を打ち、手を合わせて頭を下げる。
「なにゆえ参拝スタイル?」
錬が首を傾げている。佳音はちょっと申し訳ない気持ちになった。
「多分うちのお母さんが仕込んだんだよ。この姿、姉ちゃんの子供達がやってた気がする」
「あー。そう言えば」
錬は天井を見上げてにやりと笑った。
「やっとまともにサンタさんにお強請りできる年になったんだな。ライダーベルト、陽汰が届けてくれないかな」
「それ、駄目だよ。ライダーは本当にいて、陽汰はテレビの中のヒーローだと思ってるんだから。極力顔を合わさないように、実家に帰る時は陽汰がいるかどうかお母さんに聞くことにしてるんだよ」
「そっか。最近東京にいること多いしな」
頷いてテレビに視線を移すと、もうお菓子のCMに変わっていた。
「まさか陽汰がアクション俳優になるとはねえ……」
思わず呟く。
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