この予感が杞憂に終わることを願う
アキがずっと避けて来た話題があった。
それは、児童性愛者の男と過ごした日々である。秘めていたその出来事を、アキは語り始めた。
コレクションらしい少女のフィギアが並ぶマンションの一室。灯りを付けることも、カーテンを開くことも禁じられていた。アキはそこで、等身大の人形と同じ扱いを受けていた。与えられる食事は菓子だけだったが、次第に飴やグミに変わっていった。子供と同じものを食べていたら、成長が止まって大人にならないかもしれないと、男が猿知恵を働かせたのであった。
そんな生活が、三年続いた。その間、アキは人形達と会話していたという。フィギア達はアキを攻撃したが、「なっちゃん」という等身大の人形は、アキの味方になってくれた。「なっちゃん」はアキが困っていると身代わりになってくれた。――主に、男に行為を迫られた時だ。
佳音の中で、全てが繋がった。
監禁状態のアキは、幻覚を見るほど精神的に追い詰められていた。その中で、「別の人格を作り出し、最も嫌なことをその人に押しつける」という回避方法を見付けた。解離している間アキは「なっちゃん」という別人格になっていた。だから、「あたかも人形のように意識を失う」という状態になるのだ。
その別人格も、解離を克服すると共に姿を見せなくなった。なのに何故今頃、再び姿を現すようになったのか。しかも、本人にはっきりと知覚できる形で。今現われているのは解離している間の別人格ではなく、「幻覚」だ。
困惑に瞳を揺らしているアキを見つめる。思いつく原因は、一つしかない。
「何か不安に思っていることが、あるんじゃない?」
問いかけに、アキは唇を引き結んだ。心当たりが、あるようだ。
「不安に思っていることを、話してみない?」
アキは視線を逸らした。数秒床に視線を落とした後で、小さく首を横に振った。佳音の胸に、嫌な予感が靄のように沸き起こる。だが次の瞬間、アキが顔を上げた。そこに、微かな笑顔を貼り付けて。
「少し、自分の中で整理してみる。いつもありがとう」
他人行儀な言い方が腹立たしい。時折アキはこうやって不器用に距離を取り、思いを自分の中に閉じ込める。そんな時は大抵ろくでもない事を考えている。
「アキ……。幸せになるのを、怖がらないでね」
自分の予感が杞憂に終わることを願いながら、佳音は言った。アキはぎこちなく笑った。
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