⑩振り返り

 最高標高1600mの山、レザル山。


 ドッ教の開祖が各地に作り上げた五大ドッの二つ、シカイ寺集郭(集郭はいくつもの建物の集まりを指す)とチョウフク寺が存在する。

 シカイ寺集郭は山の麓、チョウフク寺は山の中腹に存在する。

 僧侶「ガンジュ」はドッ教の僧侶に助けられた過去があり、その後は自ら門を叩き、チョウフク寺に身を寄せ、修業の日々に明け暮れていた。


 やがて偉丈夫に成長した頃のこと。


 ある時、彼は師から修行にして救済の行脚の旅を勧められる。

 五大ドッ寺の残り三つを回り、世界に触れ、自分を見直し、蒙を啓き、さらなる研鑽を積むべきこと。

 師はドッ教にして殿教である教の考えとは別に、世界に目を向けることは己を省みることができるという考えの持ち主であった。

 「ガンジュ」は師の言葉を真に受け、世界を旅した。様々な場所で人と出会い、地を眺め、天に左右された。――そんな中でブラッソと知り合ったりもした。



 月日は満ち、チョウフク寺に戻った「彼」は己を立派に磨きあげ、さらなる邁進を遂げていた。



 そんな「彼」であったが、一人の少年を拾い、その後、紆余曲折を経て、「悪神ラファル」が解き放たれ、「彼」の師は悪神に殺されてしまう。その戦いの後に「悪神ラファル」はその場を去った。戦いの最中に命がまた一つ落ちていた。

 

 やがて、ガンジュの悪神を追う旅が始まった。――ブラッソを伴っての旅である。

 ドッ教の教えに何一つ背いてはいない。至極当然に相手を糺すべき道。



 北に悪神の影があればそれを追い、南に邪教の噂があればこの組織を叩き潰した。


 また、幾度ともなく「悪神ラファル」はガンジュを嘲笑うに目の前に現れた。

 イタチごっこの日々であり、直接対決する機会が望まれないまま、「悪神ラファル」との五度目の邂逅でこんな提案がされた。


「もう追いかけごっこも飽きてきたし、大砂漠にある南聖殿にて決着をつけましょうよ。そこで待ってるわ」


 農村の一角。その地下に秘密裏に建設された邪教徒の洞穴深く。急ごしらえの祭壇近くにある燭台の蝋燭から差し込む光量は少ない。

 ニヤリと口元に称える笑みだけが暗闇から覗いてる様はどこか不気味であるが、ガンジュが仇の声を聞き間違える道理はなかった。


「望む所だ」

「おい、絶対に罠だぞ。受けるな、馬鹿」


 宣教師を叩き潰し、いよいよと目の前に姿を現した悪神であったが、そんな提案をしてきた。ガンジュは即座にそれを受けたが、隣にいたブラッソはそんなガンジュの様子に思わず腹を立て、悪態をつく。

 その様子を見て、悪神はとても愉しそうに笑む。


「まっすぐ追いかけてきなさいよ」

「そんな追いかけっこなんかする前に――」


 ガンジュの錫杖が伸びる。どこか怒りに任せた乱雑な大振り。

 しかし、悪神が居た空間は空を切るだけであり、悪神はいつの間にか姿を消し――否、闇に姿を溶け込ませていた。

 ブラッソは舌打ちをして、しばらく警戒を解かなかったが、悪神のいる気配は全く無くなり、大きく舌打ちをする。


「南聖殿と言ったな」

「……ふう」


 ガンジュは大きく呼吸をする。自らを落ち着かせるために鼓動と怒りを抑える。復讐に燃える心を抑え込む。やがて一間をおいてから。


「大砂漠とも言ってた」返事をするガンジュ。



 こうして二人は砂漠と南聖殿について調べまわった。


 砂漠の基本的な情報。砂漠の名はベンダニア砂漠。非常に高温で危険な地域。敵性生物の存在。砂漠の対策。必要な物資。移動手段に活用される砂漠カンガルダ。砂漠にいるとされる案内人。隊商が行き交う砂漠商道。オアシスの存在。砂漠にいる盗賊の噂。


 南聖殿はエルードの聖地。――侵入者は彼らによって裁かれてしまう。エルードの秘宝が発見されたと言われる地。かつて神が居たとされる地。あるいは悪神降臨が成されたとも言える噂がかつて流れた眉唾の地。

二つの双子聖殿。――東と西に分かれていて、それらを纏めて南聖殿と呼称されている。



 其れ以上の情報を掴むことはできなかった。

 元々、只人縁の地ではないため、詳細な情報は期待していなかった。


 そうしてから彼らはベンタニア砂漠を訪れることになる。



 南聖殿を、仇を目指して。


 ――とても残念な事に、この仇にたどり着くまでの道のりは、暗く険しく正しいものではなかった。後ろ暗い感情が僧侶の胸には渦巻いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪神調伏-僧侶がゆく- 榊原 鰰 @sakaki03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ