⑨野営中の出来事③-小オアシス・休憩中

 椰子木の幹に拘束されたままのパゥマの前で一行は野営の準備を始める。

 見張りと野営を兼ねている。

 そもそも見張りが必要だと言い出したのはブラッソだった。

 寝首をかかれたり、逃亡されるのも困るので、翌朝までの見張りは継続する旨となる。


「…………」野営の様子を黙って見ているパゥマ。

「(シュールになってしまった)」光景を見て感想が思い浮かぶガンジュ。

「(罪人護送を思い出すなあ)」過去の記憶が想起されるブラッソ。


 ガンジュの手伝いも済み、ブラッソの調理が進み、ガンジュが手持ち無沙汰になり、小オアシスの周囲をぶらついてみる(ブラッソが出来たら呼ぶ、と宣言したのもある)。

 相変わらず小オアシスの命の水源を頼りに水を飲む小動物達。よく見てみると濁っている水の周囲は小動物達が浅瀬をその足で踏み荒らし、水中の砂が巻き起こった為に起きている。器用に荒らさず、顔を頑張って水辺に伸ばし、水を飲んでいるキツネ科っぽい生き物も居る。上手に砂漠で生きていく為の知恵を彼らは兼ね備えている。


 まだ、ブラッソの声はかからない。もう少し散策していると無罪放免になり、疑いも晴れ、一行の同行が決まったサーポがいた。

 ヘルガはガンジュ達についていく形になっていたので、単身で砂漠超えは危険だと判断し、「み、見捨てないでください! 荷物持ちでもなんでもやりますから、連れていってください!」と涙ながらに頼みこんだ姿は小刻前の光景である。

 彼は砂漠カンガルダの口に自らの掌を運び、何かを与えていた。


「何してるの」興味津々なガンジュ。

「あ、ガンジュさん」


 サーポが振り返ってみると、掌には椰子木の実がいくつも収まっていた。どうやら、これを与えていたのだと理解するガンジュ。


「餌やりかな?」

「そうです。アーツの実をあげてました」


 ガンジュの質問に対して、何度もうなずいてから、サーポは柔和に笑う。人の良さそうな人畜無害な笑顔はなんとも緩い。


「アーツ? ヤーツじゃなくて?」


 ヘルガから聞いていた知識とは違う名称が出てきたので疑問符を浮かべながら、思わずガンジュは訪ねてしまう。ガンジュはアとヤ違いであるため、発音の違いかな、と思っていた。


「あ……自分の呼び方は正式名称じゃないでんです。とある仕事で海沿いに行った時に、海岸沿いに生えていた奴にそっくりなんです。そこでは海椰子アーツって呼ばれてまして」

「へえ、そうなんだねえ」


 合点がいって、なるほどと相槌を打つガンジュ。ここまでの道中を振り返ってみると、昨夜に今はいないレオダラが砂漠カンガルダに餌やりをしていたので、もしかすると椰子木の実をあげていたのかもしれないな、と想像してみる。


 閑話休題。

 ブラッソの支度が終わり、夕食を食べることになる一行。

 荷物持ちだったサーポが持っていた食料を使った料理が振る舞われる。砂漠トカゲの肉と辛めの香辛料をふりかけたスパイシーな焼き肉、白パンに椰子木の実をペースト状に塗りそこへ少し焼いたチーズをかけて食べるという何とも豪勢な食事と相成った。


「(この食料の出処は……)」


 ガンジュは食料の元の持ち主が気になったが、深くは追求しなかった。ブラッソが気を利かせて、深くは聞くな、と釘をガンジュに刺していたからだ。ガンジュは何となく察して、サーポからは聞かなかった。サーポも言わなかった。サーポはここで見捨てられないように、と自身の存在価値を少しでも向上させたい気持ちもあった。少し後ろ暗い気持ちを抱えながら。互いの距離感の保ち合いになり、豪勢な食事に落ち着く。


美味うまい、これは、美味うまい!」


 ヘルガがこれまた美味しそうに食べているので、食事の風景は明るいものになっていた。焼いたチーズをかけた白パンの味に絶賛していたからだ。


「エルードの口にあったようだな」可笑しそうに笑うブラッソ。

「なんでこんなにパンとチーズって合うんでしょうかね!」パンに齧り付くサーポ。


 思わぬ食材による食事を終えた一行であったが、食後にサーポはガンジュの方を見る。


「それで、これから砂漠のどこに向かうんですか?」

「そういえば目的地を言ってなかったね」

「……あれ、言ってなかったか」横で想起するブラッソ。

「まだ、不言言ってない! 未聞聞いてない!」


 口を挟んできたヘルガはどこか不満げな表情をしているがスルーするブラッソ。これから言うから、という顔と視線を向けてからサーポの方に視線を向ける。


「『南聖殿ヴィラオ』を目指しているんだ」

「ヴィラオ?」

「ヴィラオに?」

「バカ正直にお前は……」


 サーポはきょとんとした顔になり、ヘルガからはピリついて張り詰めた空気が流れ始める。二者の反応は対照的であるが、ヘルガの反応をどこか予想済みであったかのようにブラッソは顔を掌で覆い、ため息をつく。


「砂漠エルードの聖地だと言う噂もあるからな。本人ならぬエルード部族関係者の前でよく言えたもんだ。許可すらおりるか怪しい所だぞ」

「肯定、御社ヴィラオ、聖地。何人たりとも、侵入、否定。不可能」

「ほらな」肩をすくめるブラッソ。

「エルードの聖地って言うなら……エルード達にどんな目にあうか……」


 ヘルガの怒気混じりの言葉を聞き、サーポの顔は真っ青になる。両手をあわせて、ふるふると震える様はまるで小動物を連想させる。しかし、ヘルガの様子に対してもガンジュとブラッソは動じていない。

 ヘルガが真っ直ぐに見つめる二人の目に宿る意志は強固に映った。


「どうしても行かないといけないんだ。ごめん。聖地――ともなると、エルードの皆さんは怒ると思うけれど、それでも行かなくちゃいけない理由があるんだ」

何故どうして

「倒すべき仇がいるんだ」

「仇?」


 ガンジュはぐっと掌を握る。痛いぐらいに握りしめた拳。それから仇と呟いた時に漏れた激情にヘルガは少したじろぐ。余りにも強い激情に紛れた殺気は未だ見ぬ「仇」への思いであろうか。


「『悪神ラファル』――私達はアイツを倒さねばならないんだ」

「……」


 ガンジュは仇の名前を告げる。

 黙って腕を組んでいたブラッソもまた、痛いぐらいに自らの二の腕を掴み、激情の意志が滲み出していた。彼から漏れ出る激情もまた怒気と殺気と後悔や他感情が深く入り交じる。


「何、悪神?」

「え、悪神っていうと……あの???」


 悪神。

この世界、信仰反映世界における「大いなる敵」に分類される「全人の敵」である。

人を惑わし、屈服させ、自存在を宣教させ、混乱を作り出す悪の化身。

 フレイヤが「善神」とするならば、彼ら「悪神」は言葉のそのままに「悪い神様」である。子供の頃からそう教えられ、実際に悪神の影響による余波を受けた被害者、あるいは加害者の姿は噂としてまことしやかに囁かれてきていた。

サーポとしては噂に耳を傾ける側である。「悪神」の信奉者に会う確率の方が高くとも、「悪神」そのものに会う方が珍しい。余りにも遠くて会いたくない有名人、とも言うべきか。そのような存在にこれから会いに行く、ガンジュが言うには仇を取る、との言葉もある。戦うのかもしれない。また、サーポの顔は青くなる。


「無謀な奴も居たもんだぜ」


 木に縛られたままのパゥマが口を挟んできた。どこか半笑いで小馬鹿にしたような口調。


(お前が口を挟むのかよ)


 睥睨した視線を向けるブラッソであったが、パゥマは死刑宣告を受けて、どうにでもなれ、といわんばかりに呪詛を振りまくべく、彼は口を開き続ける


「『悪神』ってのは絶対無敵の存在だって聞くぜ。かのフレイヤ教の『秘宝』でも無い限り、倒せない無敵な奴らしいじゃないか。あーあ。そんな盛大な自殺野郎を襲っちまうとは、俺の悪運も尽きていたんだなあ。仇を取るなんて無駄だよ、無駄。『悪神』に誰か大切な恋人か家族でも殺されたんなら災害にでも遭ったと思って、忘れて生きるのが一番――」

「――」

「――ひっ!?」


 気がつけばガンジュはズシズシとパゥマに力強い足遣いで近づいていく。無駄という言葉に強く反応しているガンジュの殺気じみた感情に気づき、慌ててブラッソが後ろから羽交い締めにしようとする。しかし、体格差ではガンジュの方が勝っているので引きずられてしまう。決してブラッソの筋力はガンジュに劣るわけではないが、今のガンジュには凄まじい馬鹿力も相まってる。


「――無駄じゃない」


 パゥマの木の幹を力強く掴む。大きな掌がわしりと掴み――パゥマの首よりも、頭よりもやや上の地点を――握りつぶす。バキバキと木の幹が悲鳴を上げて破砕していく。ちなみに木の半分を手前側に握りつぶす形になり、木の幹の半分の面積以上の破砕にもなると、木のバランスが崩れるので、これ以上の破砕はガンジュとパゥマ側に倒れ込む結果になる。


「やめろ、やめろ!? おい、ヘルガ、サーポ手伝え! ……くそ、馬鹿力だなあ! このデカブツの方に木が倒れちまう!」


 木がどうなるか、ガンジュが木に潰されてぺしゃんこになる瀬戸際か。

 ブラッソの口からそう告げられるとサーポとヘルガは慌てて、ガンジュを止める加勢に加わる。三人がかりでようやく止まった巨漢ははっとした顔をしてから、自分が感情のままに暴走していた事を自覚する。そして、どこか寂しそうな表情の色を見せて、他の方向を向き、拳を握りしめてから、小さく呟く。


「すまない。……ちょっと苛立ってしまった。少し歩いてくるよ。頭を冷やす」


 冷静さを取り戻すべくそんな提案をするガンジュの背中はどこか小さく見える。激情に駆られたままに行動した自分を自責するかのような反省の態度。そのまま彼は歩き出す。止める者は誰もいなかった。

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