第3話 プロローグ side ミランディア

 私たちの暮らすアウルガルド王国は、ユトラテール大陸を東西に分けているレクト大森林の東に位置しています。

 大森林に接するヘンゼフェルト王国の東側、肥沃な穀倉地帯が広がる豊かな国です。


 周辺国との関係も良好で、この五十年ほどは領地や水を巡る諍いも起こっていませんでした。

 そんな平穏な暮らしに影が差し始めたのは、五年ほど前からです。


 ロクト大森林の西側には荒れ地が広がり、その先には魔人族が暮らす土地があるそうです。

 我々人族に比べて高い魔力を有する魔人族は、独自の魔法文化を築いているそうですが、我々人族とは交流が無いために現状は不明です。


 遠い昔には、人族と共に暮らしていた時代もあったようですが、魔人族は狂暴で残忍な性格の者が殆どで争いが絶えなかったそうです。

 やがて魔人族との間に大きな戦争が起こり、我々人族が魔導甲冑や魔導兵器によって勝利し、以後は荒れ地と大森林を境にして住み分けが行われてきました。


 レクト大森林で暮らす魔人族もいるようですが、大森林の奥には危険な魔物が多数生息しているので、その数は多くないようです。

 大森林の奥まで踏み入れる人族は、高位の冒険者に限られているので、実際に魔人族と遭遇した人は殆どいません。


 荒れ地と危険なレクト大森林を境として、このまま魔人族との住み分けが続いていくと思われましたが、五年ほど前から異変が起こり始めました。

 レクト大森林から、魔物が溢れ出て来るようになったのです。


 我々は、人に近い姿で言語を理解する知能を有する者を魔人族、言語を理解する知能を持たない魔力を有する獣を魔物と呼んでいます。

 これまで魔物は大森林の中で暮らし、人里に現れることは稀でした。


 魔物は国の内部にある森や林にまで生息範囲を広げ、人里や街道にも出没して人を襲うようになり、騎士団や冒険者などが駆除に追われるようになりました。

 なぜ魔物の生態に変化があったのか、調査が始まった頃、魔物に続いて魔人族の軍勢が侵略を始め、ヘンゼフェルト王国は国土の三分の一を占領されているようです。


 我々人族と魔人族では、戦い方に大きな違いがあります。

 人族は訓練を重ねた兵士による集団戦ですが、魔人族は魔物を使役し、強大な魔力にものを言わせて個の力で攻めてきます。


 それだけに、人族の軍勢とは違って神出鬼没で、対処が難しいようです。

 ただ、人数が少ないために、占領地域の維持は上手くいっていないようで、ある程度まで侵略が進んだところで戦線が停滞しているそうです。


 それでも戦闘となれば多くの魔物が押し寄せるそうで、ヘンゼフェルト王国も戦線を維持するのに苦労しているようです。

 仮にヘンゼフェルト王国が魔人族側に押し切られた場合、我が国にも大きな被害が出るでしょう。


 そこで国王である父上が私に命じたのが、王家に古くから伝わる儀式による勇者召喚でした。

 召喚儀式が行えるのは星の配置が整う僅かな期間で、多くの高位の魔導士を必要とします。


 綿密に構築された儀式によって、魔人族に対抗できる高い戦闘力を持った人材を召喚できるはずでしたが……現れた勇者様は、我々の想像していたような人物ではありませんでした。

 車輪の付いた椅子に座り、一人では立ち上がることも出来ない人物と知り、召喚に関わった者達は失望を隠せませんでしたが……事態は急展開を迎えます。


 突然、召喚された人物が座っていた車輪の付いた椅子が喋り始めたのです。

 車輪の付いた椅子は意思を持ち、魔法を使い階段を駆け上がりました。


 どうやら、私たちの希望は完全に潰えた訳ではなさそうです。

 召喚された人物を応接室に招き入れ、こちらの事情を説明させてもらうことにしました。


「改めて名乗らせていただきます。私は、アウルガルド王国第二王女、ミランディア・ウルゴ・アウルガルドと申します。勇者様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「僕は蔵元和馬、蔵元が家名で和馬が個人名。和馬と呼んでもらえますか」

「かしこまりました、カズマ様。それでは、カズマ様を召喚させていただいた理由を説明させていただきます」


 王家の文献では、召喚された勇者は突然の事態に混乱を来すので、丁寧な説明が必要とありましたが、我が国が置かれた状況を説明している間、カズマ様は冷静に自分の置かれている状況を受け止めているように見えました。

 ただし、その表情は憂いに満ちています。


「元の世界に戻る方法は無いんですね?」

「はい、ございません」

「僕を召喚した目的は、魔族と戦わせるため?」

「はい、その通りです」

「僕がその依頼を断ったら、どうなるの?」

「その場合は、カズマ様に依頼を受けていただけるように説得を続けされいただくまでです」

「それって、王家の権威を使った脅迫じゃないんですか?」

「いいえ、あくまでもお願いです」

「はぁ……」


 カズマ様は再び溜息を漏らし、右手を額に当てて俯いて考え込みました。


「少し考える時間と材料が欲しい。僕は、こちらの世界について何も知らないし、自分達に何ができるのかも把握しきれていません。こちらの質問に答えてくれる人材を用意してくれませんか?」

「かしこまりました。それで、ご返事はいつ頃いいただけるのでしょうか?」

「とりあえず……十日後には何らかの答えを出せるようにします」

「かしこまりました。それでは身の回りの世話をする者とお付いたします。ご質問があれば、その者にお訊ね下さい」

「分かりました」


 カズマ様は、メイドの案内に従って滞在するお部屋へと向かわれました。

 勇猛とは程遠い、良く言えば思慮深い、悪く言うなら臆病な性格のように見えます。


 あの喋る車輪の付いた椅子は気になりますが、果たしてカズマ様は我々の勇者様となってくださるのでしょうか。

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