第4話 フォームチェンジ

「私は隣の部屋で控えておりますので、ご用の際はそちらのベルを鳴らしてください」

「分かりました、どうもありがとう」


 ミランディア王女から説明を聞いた後、僕を宿泊用の部屋に案内して、部屋の調度品の説明を終えたメイドさんは、お手本のようなお辞儀をして退室していった。

 控えているって言ってたけど、まさか二十四時間スタンバイしているのだろうか。


 担当メイドのナディーヌさんは、ザ・メイドという感じの二十代半ばぐらいの女性だ。

 どこの誰とも分からない僕のような存在にもキッチリと対応してくれているが、少々事務的な感じはいなめない。


 滞在のためにあてがわれた部屋は、まるでホテルのスイートルームのようだった……実際スイートルームに泊まったことはないけど、たぶんこんな感じなんだと思う。

 リビングに書斎、食堂、ベッドルーム、ドレッシングルーム、バスルーム、トイレ……ベランダからは手入れの行き届いた庭園を一望できるようだ。


「さて、まずやらなければいけないことは、レベッカの性能の確認だね」

『はい、マスター』


 僕が愛用していた車椅子のレベッカは、異世界に召喚されたことで、自我に目覚めチート能力を得たらしい。

 だが、どの程度の能力があるのか把握しないことには、勇者の仕事を受けられるか判断のしようがない。


 レベッカを見て最初に気付いたのは、形がまるで変わっていた。

 前世というか、日本にいたころのレベッカは、いわゆる自走式の車椅子にモーター、操作スティック、制御部を付けた形だったが、今はアニメに出てくるような近未来なフォルムに変化している。


「この形は、レベッカが望んだの?」

『はい、マスターが楽しんでいらしたアニメのメカデザインを参考にしました』

「なるほど、凄い走行性能だったよね」

『はい、日本では速度制限がありましたが、マスターは遵守するつもりがありませんでしたので、こちらでは更に制限を取り払ってあります』

「いや、まぁ確かにその通りなんだけどね」


 日本では電動車椅子には基本的に時速六キロの制限が設けられていたが、日本にいた頃にもレベッカには改造を施して倍近い速度が出るようにしてあった。

 だが、さっき聖堂から応接間に向かう途中の階段を上った時には、バイクや自動車並みの速度が出ていたと思う。


「どのくらいまで速度は上げられるの?」

『マスターがお望みであれば、新幹線も追い抜いてみせます!』

「うぇぇ……まさか、のぞみじゃないよね?」

『勿論です、リニアに決まってます!』

「いやいや、たぶん日本みたいに綺麗に舗装されていない道で、時速五百キロを超える速度なんて出したら事故って死んじゃうよ」

『大丈夫です、衝撃を完全に吸収するマジカルエアバッグを展開すれば問題ありません』


 何だろう、レベッカが物凄く高性能になっているはずなのに、ちょっとポンコツに見えてしまった。


「でも、さすがにこの姿勢で時速五百キロは……」

『大丈夫です、フォームチェンジ、タイプ・フォーミュラー!』

「えっ、えっ……えぇぇぇぇ!」


 突然、眩い光に包まれたレベッカは、車椅子からレーシングカートを思わせる形へと変化した。

 座面は地面スレスレまで下がり、背もたれの形状やアームレストの角度も走るためのセッティングに変更されている。


 前後のタイヤも、フォーミュラーマシンを思わせる極太のスリックタイヤだ。


「うわっ、すっげぇ……これなら思いっきりスピードが出せそうだ」

『前面には魔法によるプロテクション・シールドを展開しますので、風の抵抗や飛来物が当たる心配もありません』

「レベッカ、もしかして荒れ地を走る形状にも変化できる?」

『お任せ下さい、フォームチェンジ、タイプ・ラリーコンペティション!』

「おぉぉぉぉ……」


 再びレベッカは眩い光に包まれ、今度は車高が少し上がり、タイヤはブロックパターンへと変化、闇を照らす大きなランプも装備された。


「ヤバい……めっちゃ走りたい。レベッカと一緒にどこまでも走ってみたい!」

『はい、マスター! 私がどこへでもお連れします!』

「レベッカ、もしかして水の上を走るモードもあったりする?」

『勿論です、マスターが望むならば、空だって、宇宙にだってお連れいたします!』

「おぉぉぉぉ! 異世界最高、チートな相棒超~最高!」


 日本のように文明の発達していない世界に、ハンディキャップのある体で召喚された時にはどうなることかと心配したが、少なくとも殆どの場所へ移動は可能なようだ。


「オッケー、レベッカ。君の運動性能は理解できた。次は防御と攻撃の魔法について教えてほしい」

『かしこまりました。私の使用できる魔法は、基本的にマスターがアニメで目にしていたものと同等だとお考え下さい』

「えっ、それって、もしかしてアニメのマジカルAIユニット・レベッカと同等の攻撃魔法が使えるってこと?」

『おっしゃる通りです。私は『空飛ぶ火薬庫』と称されていたレベッカと同等の攻撃能力を有しています』


 うっわぁぁぁ……それって、戦略兵器並みの威力をバカスカ撃てちゃうってことだよね。

 ヤバくない? ヤバすぎませんか、レベッカさん。


『魔人族だか何だか知りませんが、マスターの前に立ち塞がるというならば、ブレイズ・トレイターで消し炭にしてくれます』

「いやいや、待って待って、あんなヤバい魔法は使っちゃ駄目だからね。周辺一帯が焼け野原になっちゃうから」


 ブレイズ・トレイターとは、アニメの中で主人公の魔法少女がマジカルAIユニットを使って放つ炎の極大魔法だ。

 天を突く火柱が津波のように周囲に広がって、辺り一面を焼き尽くす威力がある。


 因みに、直撃を食らった敵キャラは、骨すら残さずに蒸発してしまう恐ろしい必殺技だ。


『そうなんですか? でも、アニメでは毎回のように使われていましたよ』

「あれは、アニメだから許されている表現だからね。現実世界では、色んな人が暮らしているし、森とか草原が無くなると生態系に甚大な影響が出ちゃうから簡単に使っちゃ駄目!」

『そうですか……分かりました、マスターが使うなとおっしゃるならば残念ですが使いません』

「そうそう、切り札は最後まで残しておくものだからね」

『分かりました。でも……マスターを傷付けようとする者には容赦いたしません』

「う、うん……なるべくお手柔らかにね」

『はい、マスター!』


 あるぇぇぇ……僕ってもしかして、ヤバい力を手にしちゃったのかな。

 魔族討伐どころか、僕が魔王って呼ばれないように気を付けないと駄目そうだ。

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