第7話 選ばれし者③

 星の加護を持つ者はエイリーンを入れて7人。ナスタリージャは木、エイリーンは天、シスター・ルチアは金、ユレアは土の星の加護を与えられた。残るは3人。火、海、水の星の加護を持つ者は何処にいるのだろうか。フェラン王国には王都フェラリテアに次ぐ都市があった。フェラリテアの南西にある海洋都市マーレイア。この都市は王弟のフレデリック・カルバリアーニ大公が治め、海洋貿易と観光で賑わっていた。しかし賑やかな繁華街にもやはり陰の存在はあるもの。マーレイアにもスラムがあちこちにあり、ならず者がスラム街を牛耳るのは日常茶飯事だ。そして牛耳る者が頻繁に変わるのもざらにあった。マーレイアの繁華街の西側にあるスラムは義賊のガルシアが仕切っていた。ある夜の事、ガルシアは配下を引き連れて豪華な屋敷に忍び込んだ。屋敷の主は夜会に出ていて留守だったのを前もって調べていた。深夜だった事もあり、使用人達も住み込みの者が数人しかおらず、しかも既に寝入っていた。ガルシアは配下に調べさせていた屋敷の地図を見ながら、屋敷の主の書斎にたどり着くと静かに中に入り、宝石箱や金貨を見つけ出し、静かに配下に運ばせた。しかし、途中で思わぬ事が起きた。屋敷の主が夜会のつまらなさに飽き飽きし、早く帰宅したのだ。馬車の到着する音がし、主が玄関を開けたと同時に配下の一人、フェリペが主に襲いかかった。倒れた時に頭の打ち所が悪く、主はそのまま死んでしまった。馬車の御者も他の配下に襲われて気絶させられていた。ガルシアは配下達に早々に屋敷から引き上げるように言い、そのまま立ち去ろうとした時、馬車の中に幼い女の子がいるのに気付いた。実はこの屋敷の主は夜会と称した人身売買の闇市に行っていたのである。少女は人身売買の闇市でオークションに出されていたのを屋敷の主に買われ、連れて来られたのだ。主が死んだ今となっては少女はどのような運命を辿るか分からない。ガルシアは少女を自分の娘にすることを決意し、スラムのアジトに連れ帰った。娘はリューシアと名付けられ、養父や配下達から様々な盗みの技を教え込まれた。年頃になると養父をも凌ぐ頭の良さで盗みの計画を考えて養父に提案するようになる。ガルシアはリューシアの頭の良さを誇りに思い、配下達もリューシアの計画に舌を巻いた。ある晩の事、ガルシアはある悪徳商人の店から盗みを働こうと考えていた。しかし、その店には屈強な用心棒が何人もいた。更に用心棒達は頻繁にスラムの人々に因縁をつけ、金品を奪ったりしていた。スラムの人々は困り果て、泣き寝入りしていた。リューシアもスラムの人々が用心棒に絡まれているのを度々見ていたが自分の無力さに忸怩していた。そんな時にリューシアは身なりの良い少女に会った。短い丈のワンピースに海のような青いマントを高級そうなカメオのブローチで留め、手には魔法の杖らしき物を持っていた。「スラムに来るには似つかわしくない身なりね。危ない目に遭う前にスラムから出た方が良いわ。」リューシアは少女に言った。少女はクスリと笑うと「忠告ありがとう。でもね、私も家が無いの。大丈夫よ。自分の身は自分で守るから。一応魔法の一つや二つは使えるの。」と言って去って行った。リューシアは胸騒ぎがし、少女が去って行った方へ向かった。すると案の定、悪徳商人の用心棒が彼女に言い寄ってきた。少女が無視すると用心棒は怒り狂い、彼女に殴りかかろうとした時、少女は杖を用心棒に向け、「アズリープ!」と叫んだ。すると用心棒はバタンと倒れ、大きなイビキをかいて寝てしまった。リューシアは彼女を助けようとしていたが、あっという間の出来事にポカンとしていた。人の気配がしたのに気付いた少女はリューシアの方に向かってきた。「助けに来てくれた事には感謝するわ。でもご覧の通り加勢は要らなかったわね。しばらくはこのオヤジは起きないわ。金目のものは頂いてスラムの人達にあげましょう。」と言うと用心棒の財布や貴金属を剥ぎ取った。リューシアは少女に「それなら私の家に来ると良いわ。私の父さんはこのスラムを実質支配しているの。ちょうどコイツがいる悪徳商人の屋敷から盗みをする予定なのよ。あ、いけない。つい話してしまった。不思議ね。あんたには何でも話してしまう。」と苦笑いしながら言った。少女はフフッと笑うと「そうね。私もあんたには初めて会った気がしないわ。そうそう。名前を教えてなかったわね。わたしはベリンダ・ハール。姓があるから貴族ではあるけど、事情があって家を捨てたの。そこは深く聞かないでね。それではお言葉に甘えて今日はあなたの家にお世話になるわ。何なら盗みの手伝いしてあげるわよ。」と言うとリューシアと手を繋ぎ、アジトに向かった。アジトに着くとすぐにリューシアはベリンダを養父に紹介し、用心棒から頂いた金品をスラムの人達に配れるように頼んだ。ガルシアは娘に友人が出来たことを喜び、娘の頼みを聞き入れた。リューシアはベリンダの眠りの魔法で悪徳商人の屋敷に入る事を考え付き、ベリンダに考えを話した。ベリンダはすぐに賛成し、リューシアと二人で悪徳商人の屋敷に使用人として入り、夜に屋敷の人達に眠りの魔法をかけてから皆を手引きしてはと言うとリューシアは「それでいきましょう。父さんに話してみる。」と言ってガルシアの部屋に行った。ガルシアは娘の計画を一通り聞くと「考えとしては良い。だがお前とベリンダがあの屋敷に入るのは賛成しかねる。どんな危ない目に遭うか分からんぞ。用心棒共の中にはお前達の顔を知っている輩もいるかも知れんし。他の配下に任せるのだ。」と言った。リューシアは父が反対するとは思わなかった。しかし、リューシアは誰かが手引きしなければ用心棒達がいる限り屋敷への侵入は難しいこと、女の子なら気を緩めるであろうことを父に説得し、ガルシアは渋々折れた。リューシアはベリンダと変装し、悪徳商人の屋敷に使用人として入り込むことに成功した。真面目に仕事をする二人の少女は他の使用人達の癒やしとなり、特に用心棒達は彼女達を妹か娘のように可愛がった。悪徳商人も彼女達を気にかけ、お使いの度にわずかながらではあるが小遣いを与えた。リューシアはお使いに出ると用心棒の目を盗んではガルシアや配下達と連絡を取り、盗みの計画をいつ決行するかを話し合っていた。マーレイアでは夏になると海からの恵みに感謝する祭りが開かれ、多くの人々で賑やかになる時があった。繁華街のパレードは一番の見もので、地区ごとに山車が出され、子供から大人まで踊りながら海の神殿まで練り歩くのである。リューシアとベリンダは祭りの中日に悪徳商人が商談がてら祭りを見物することを知り、屋敷に入るならこの日が一番だとガルシアに連絡を入れた。しかし、どんなトラブルがあるか分からない。それに備えてリューシアはベリンダと万一の時の備えをした。用心棒達が出ない可能性があるときは屋敷の離れで花火を放って騒ぎを起こす、ベリンダの魔法で惑わす等を二人で内緒で話し合った。そしてついに決行の日となった。商人は用心棒を引き連れ、出かけていった。用心棒は2人屋敷に残り、あとは使用人達だけとなる。使用人達も仕事を早々に終え、祭りを見物に出かけていった。執事がリューシアとベリンダにも祭りを見物に行ってはと声をかけてくれたが二人はまだ仕事が残っているからと断った。夜8時、祭りが一番盛り上がる時間になるとガルシアは配下達を連れて屋敷の裏手に回り込んだ。ちょうど良くリューシアがゴミを捨てに外に出て来た。父がいるのを見つけ、ベリンダに合図するとベリンダは眠りの魔法を屋敷全体にかけた。すると見回りの用心棒、中にいた執事、残っていた使用人達があっという間に深い眠りに落ちた。リューシアは父と配下達を屋敷に入れ、商人の書斎に案内した。案の定、そこには悪徳商人が儲けた金品が山ほどあり、ガルシアと配下達はせっせとそれらを盗み出した。1時間程で引き上げ、リューシアはベリンダと眠ったふりをした。夜更けに商人が用心棒達と屋敷に戻ると倒れている用心棒や使用人達の様子に驚き、慌てふためいた。書斎から儲けた金品が無くなっているのを見るとショックでへたり込んだ。用心棒達は倒れている人達が眠らされているだけなのに気付いて、揺すったりして起こした。商人は屋敷に残っていた者達を呼び出し、事情を聞いた。皆は口を揃えて、いきなり強い眠気に襲われ、起こされるまでの間に何が起こったのか分からないと言った。リューシアとベリンダも聞かれたが、二人も眠らされていたために分からないと答えた。そして二人は事情が事情だから給金も出ないだろうと言うのを理由にして屋敷勤めを辞めると主人に告げ、無事にアジトに帰った。ガルシアは二人を見るやいなや二人をギュッと抱きしめ、「よく帰ってきた。何かおこるのではと気が気でなかったよ。」と目を潤ませて喜んだ。配下達も「お嬢!ベリンダ!良くご無事で!」と喜び、その日は祭りの最終日だったことも重なり、夜の花火を見ながら美味しいご馳走を皆で楽しんだ。しかし、この一部始終を見ていた者がいたことにリューシアは全く気付いていなかった。それが彼女に悲劇をもたらし、同時に新しい人生のやり直しになるとも気付かずに…。

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クロスナイト伝 池町ゆうみ @blue-lily

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