第6話 選ばれし者②
大神に選ばれた星の加護を持つ二人目と三人目は光の聖都にいた。光の聖都は大神が最初に創造した土地で、いわば大神の信仰の総本山と言える場所である。大神殿に光の法皇と女教皇が住まい、大神の恵みを頂くために巡礼に来る人々に祝福を与え、礼拝を行っていた。そして法皇と女教皇を支え、大神に仕える修道士や修道女達も光の聖都のそれぞれの修道院で日々大神の教えに耳を傾け、祈り、恵まれない人々や弱い者たちのために働いていた。修道士や修道女の中には元々孤児だったりした者たちもいて、弱い人々に人一倍優しく寄り添う力があった。ある日、一人の修道女が他国の神殿に修道院長の使いで聖都を出た。無事に使いの用事を済ませ、光の聖都に帰る途中で倒れている女の子を発見した。雷に打たれたらしく、重症で虫の息だった。お付きの聖騎士に彼女をおぶってもらい、聖都に無事着くと急いで少女の看病にあたった。その時、少女が何かを持っているのに気付いて傷に触らないようにそっと取り出すと、それは神殿に置かれる大神のテラピムだった。「何故にこんな少女が大神様のテラピムを?どう見てもこの子はウーレテア人なのに。」ウーレテアは光の聖都からは遥か西方にある民族国家で、自然を大切にして共生しながら生きる人々だった。族長が強いリーダーシップで民をまとめ、オラナと言われる補佐役が数人いて、民の間での争い事や民生活で困った事などの相談を聞いて族長にお伺いする役を担う。そして族長が最終的な決定を下すのである。ウーレテア人は自然主義のため、大神とあまり関わり合いが無いはずなのだが…。「兎にも角にも体を治さなければならないわ。話ができるようになったら事情がわかるでしょう。」修道女は独り言をつぶやいて、法皇や女教皇に使いの旅の経緯を報告しに部屋を出て行った。この修道女の名前はルチア。赤子の時に光の聖都の入口に捨てられ、聖都で修道院長や年配のシスター達に育てられた。ルチアは賢く美しく成長し、大神への強い信仰と敬愛を持ち、優れた聖魔法の使い手となった。信仰心の厚さと慈愛に満ちた態度は光の法皇や女教皇、修道院長、枢機卿や聖騎士達からも高く買われ、これからの光の聖都を守る若き女教皇候補に挙がるほどだった。シスター・ルチアは光の法皇と女教皇に謁見し、行き先の神殿での活動や帰りの途でウーレテア人の少女を保護した経緯を全て報告した。法皇と女教皇は直ちにウーレテア人の少女に会うと言って、ルチアと共に少女が寝ている部屋に向かった。部屋に入ると、法皇は少女に祝福を与え、治癒の光魔法を彼女にかけた。たちまち酷かった傷が綺麗に癒え、少女はゆっくり目を開けた。目の前に見慣れない綺麗に着飾った人達に驚き、ガバリと起き上がった。女教皇は少女に「大丈夫。ここは光の聖都の修道院。光の聖都に向かう途中で貴方が酷い傷を負って倒れていたので、このシスターが此処に連れてきたのです。聞かないといけないことは沢山あるけど、今は体をしっかり治さないとね。何か食べましょう。準備してくるから待っていて。」と言うと、ルチアに軽い食事を用意させた。食事が済むと、少女は「助けてくれてありがとうございます。わたしの名前はユレア。今のウーレテアの族長の孫娘です。ウーレテアは自然と共に生きる民なので、特定の神様を信じたりはしないのですが、祖父が若い時、お若い修道士様が旅の途中で道に迷われていたのを助けたのです。その時、その修道士様は助けてもらった恩にと枯れた木片からこのテラピムをお作りになって旅立たれたのです。祖父はテラピムから不思議な力を感じたそうで、族長が代々住む家にテラピムを安置するようにしました。すると自然の脅威が軽減され、嵐がきて川が氾濫しても死ぬ人達が無くなり、国が魔獣に襲われなくなりました。今のウーレテアは今までの自然主義を大事にしつつ、このテラピム様を皆で大切に祀るようにしています。ところが最近、テラピム様から力が感じられなくなって、祖父が危惧する様になりました。それでわたしが祖父に『光の聖都にわたしを行かせて。テラピム様を作られた修道士様が居られれば、その方に会ってテラピム様に力を回復する方法を聞いてくるから。』と言うと、祖父は猛反対しました。それでも必死に説得して、渋々ですが、祖父はわたしを行かせてくれたのです。光の聖都にようやくといったあの街道で、いきなり目の前に派手な橙の服を着た男が現れて雷を私に放ったのです。間一髪で避けたのですが、その男は間髪入れずに雷魔法を放ってきて、避けきれなくてあのまま…。その後、ルチア様に助けられるまでの記憶は全く無いのです。でもあの男の事だけは鮮明に覚えています。次会ったら絶対に倒してやる。」最後の強い口調にルチアはユレアの本気を感じた。すると光の法皇はユレアにテラピムを見せるよう言った。ベッド横に置いてあったテラピムをルチアは法皇に渡すと、法皇は「何と…。こんなことがあるとは。間違いなくこのテラピムは儂が作った物だ。まだ修道士だった時に西のラルカ王国に向かう途中で道に迷ってしまったのをガーラスと言うウーレテア人に助けられた。ガーラスはその時はまだ族長候補だったのだ。異国人を国に入れるのは当時としては大変な事だったが、事情が事情だったからのう。当時の族長はガーラスに儂の世話役を任せると言ってウーレテア滞在を認めてくれたのだ。ウーレテアは自然を大事にする。人々は必要なだけを自然から貰って穏やかに生きている。儂は『この様な世界もあるとは…。神を持たなくても穏やかに生きられるとは何と素晴らしいことよ。』と目から鱗だった。数日ウーレテアに滞在して、ラルカ王国の境までガーラスが送ってくれてな。そうであったか。ガーラスにまた会いたいが、今の儂は聖都を離れられぬ身。ユレアよ。テラピムを預かろう。テラピムの力を回復するには聖都の空気に触れなければならぬ。しばらく時間がかかるゆえ、そなたも此処で過ごすが良い。」と言うと女教皇とルチアを連れて部屋を出た。法皇はルチアにユレアの世話役を任せた。ルチアはユレアに聖騎士のところで修行してはどうかと言うと、ユレアは即返事をした。実はこの頃から光の聖都に巡礼にくる人々が頻繁に何者かに襲われる事件が多発し、聖騎士達も息つく間もないほどだった。ユレアの話から犯人が分かったが、神出鬼没でいつまた何処に現れるのか検討がつかないのに聖騎士達もやきもきしていた。光の聖都の聖騎士は聖騎士長のマルク、その下に二人の副長、ウォースレンとランドールが聖騎士達を取りまとめていた。ユレアがすっかり良くなると、ルチアは聖騎士長のもとにユレアを連れて行き、犯人の顔を知るユレアを鍛え上げて一流の聖騎士にしてほしいと頼んだ。人手が欲しい聖騎士隊では男であれ、女であれ一人でも多く人材を確保したい思惑があったのだ。ユレアはすぐ剣術、体術の修行に励んだ。ウーレテア人は自然体を大事にするため、体の使い方も上手かった。そのせいか、ユレアはめきめきと腕を上げ、男性騎士と対等に戦えるようになる。マルクはユレアをランドールに預け、聖騎士の心構えを学ばせた。ユレアが光の聖都に来て二月経った時、光の法皇がユレアを呼んだ。テラピムの力が回復したのである。ユレアは法皇に謝辞を述べ、テラピムを直に故郷のウーレテアに持ち帰った。族長ガーラスは可愛い孫娘が無事帰った事を喜び、テラピムの力が回復したのを祝う宴を民と開き、皆で祝い喜んだ。ガーラスはユレアから旅の経緯を聞き、ユレアに光の聖都に戻るように言った。「光の聖都の人々に助けられた恩を返しなさい。お前を襲ったと言う魔術師を捕らえろ。儂等、ウーレテア人には自然を言葉で操れる力を持つ。お前にも必ず出来るはずだ。その力を今こそ使え。」と。ユレアは再び光の聖都に戻る。その途中でユレアは再びあの橙の魔道士と対峙する。「あのときのわたしとは違う!今度はあんたが返り討ちに合う番よ!」橙の魔道士は「ハーハッハハハ!今度は死ね!」とまた間髪入れずに雷魔法を乱発する。ユレアは聖騎士修行の成果を発揮し、魔術師の攻撃をヒラリヒラリとかわし、近くにあった蔓にウーレテアの古い言葉で話しかけた。すると蔓がまとまり、橙の魔道士に向かって伸びると魔道士をぎゅうぎゅうと締め上げた。杖が使えなくなればどんなに強い魔道士でもどうすることもできない。蔓は魔道士を縛り上げ、ユレアの前に落とした。落下の衝撃で気絶したのを見るとユレアは光の聖都に縛り上げた魔道士を引っ張っていった。ユレアが魔術師を捕えて戻った事を聞いたランドールは聖騎士長マルクに伝えた。マルクは光の法皇に謁見し、ユレアが戻った事、巡礼の人々を襲った犯人を彼女が捕らえた事を報告すると、法皇はユレアに謁見を許可し、ユレアは光の法皇の前に進み出た。そして祖父ガーラスが彼女に託した法皇への手紙を渡した。それには孫娘を助けてもらい、テラピムの力を回復してもらったことへの感謝と、その恩返しとしてユレアを光の聖都に仕える者にしてほしいと書かれていた。法皇は大事な孫娘をこちらに預ける決断をしたガーラスの並々ならぬ思いを汲み取り、ユレアを光の聖都の聖騎士見習いにし、ゆくゆくは女教皇仕えの聖騎士にすることを聖騎士長に伝える。そのためにはユレアを大神に捧げ、大神に仕える儀式をする必要があった。ユレアは聖騎士の心構えを大神の前で読み上げ、大神のみを信じて仕える誓いを光の聖都の修道士、修道女、聖騎士達の前で宣言し、光の法皇と女教皇から祝福を受けて正式に光の聖都に仕える聖騎士見習いになった。日々の鍛錬、祈りの時を守りながら騎士として成長していき、二十歳になると見習いを卒業した。この時、光の法皇と女教皇は代替わりを考えていた。法皇の候補は枢機卿たちの満場一致で、幼い頃から神童と言われていた若き枢機卿、ファスラムと決まっていたが、女教皇の候補は二人いた。一人はシスター・ルチア、もう一人はシスター・ユリヤ。シスター・ユリヤはウォースレン副長の娘だった。聖騎士長マルクは野心が強いウォースレン副長を警戒し、ランドール副長を頼りにすることが多かった。光の法皇は二人の女教皇候補を数日間の大神殿仕えに出し、大神の御意志を伺う事を決意する。大神殿で祈り、大神の御声を聞いた者が女教皇になるのだ。ひたすら大神の御前で祈りを捧げ、自身と向き合い、上に立つ者としての覚悟を試されるのである。二人はすぐに身を清め、大神殿にこもった。ひたすら祈りを捧げる二人を守るため、ユレアが大神殿の入口で守衛役を勤めていた。時折先輩の聖騎士達が差し入れを持ってユレアの様子を見に来てくれた。二人の候補が大神殿にこもって二月が過ぎた時、大神の御使いが突然大神殿に降りてきた。そして二人の若きシスター達に「貴方がたの強い大神への信仰が伝わりました。どちらもこの聖都を守るにふさわしい娘です。しかし今は猶予がありません。貴方がたを守る聖騎士が捕らえたという派手な魔術師は大神に楯突く邪教の関係者です。光の法皇と女教皇には私がすぐにこれから伝えます。邪教との戦いがこの聖都にも迫っています。シスター・ルチア、貴方には大神が星の加護を授けました。貴方を守る聖騎士ユレアにも大神が星の加護を授けています。貴方がた二人はいずれこの地に現れる青の十字架を持つ聖騎士と共に邪教と戦う宿命を持っているのです。」と告げて去った。ルチアとユリヤはしばらく呆然としていたが、只事ならない事が起きているとなればこうしていられないと二人は大神殿を出た。すると光の法皇と女教皇がユレアと共に入口に立っていた。光の法皇と女教皇は若き三人の娘を法皇の間に連れ、御使いから告げられた事について話をした。橙の魔術師が邪教徒だったとは…。光の浄化の間に閉じ込めている魔術師に会って話を聞かねばならないだろうと言う法皇に皆頷き、橙の魔術師を法皇の間に連れてくるように聖騎士長に言うと、マルクは聖騎士数人と共に魔術師を引っ張ってきた。法皇は「お前が今世間を騒がせているコストゥーラ教とかの回し者だと言うのは既に分かっている。光の聖都に人々を入れないようにしたのは聖都への献金をさせぬため。しかし大神がおわす聖都は簡単には弱りはせぬ。人が神になるなど驕りも甚だしい。一体お前の主は何を考えているのだ。全てを話すがよい。直ちにお前をどうこうしようとは考えておらん。」と言うと、橙の魔術師は「ふん。お前らみたいな見えない幻想の神なぞ信じぬわ。コストゥーラ様こそ生きた神。コストゥーラ様は最近星の加護を手にされた。そのお力で全世界を支配するのよ。我はその手助けをするだけ。コストゥーラ様から逃れた家族がフェラン王国に助けを求めたそうだが、そんなことは教祖様がお許しにはならない。だからこの聖都に着く前に皆殺しにしてやったわ。苦しまないように一撃でな。教祖様のおかげで飢えた暮らしから抜け出せたと言うのに、恩を仇で返すとは。飢えた民がいたと言うのに、お前らが信じる大神とやらは何もしなかったではないか。やはり大神はまやかしよ。ハーッハッハッハッハ…。」と嘲った。ユレアはそれを聞いて怒り狂い、剣を抜こうとした。しかし、ルチアはそれを諌めて魔術師の前に立つと大神へ祈った。すると「愚か者よ。今まで黙って聞いておれば…。コストゥーラ教にはいずれわたしが鉄槌を下す。私が選びし者達が邪教徒共を全て滅ぼして平和をもたらすだろう。お前にはいずれ惨めな死が待つ。光の浄化でお前は消えるからだ。闇に染まった身は元には戻らぬ。」と大神の御声が響いた。声を聞いた魔術師は青ざめて震えたが、神の怒りはおさまらない。まばゆい光にあっという間に包まれ、痕形もなく消えてしまった。法皇は「全く愚かな事をしたものよ。飢えていたなら光の聖都に助けを求めれば良かったものを…。元はと言えば上に立つ者が愚かすぎたのだ…。儂ももう少し早く北方に気を付けていれば邪教なんぞ生まれなかったろうに。自分の浅はかさに腹が立つわい。」と言うと、女教皇選はしばらく保留すると二人の候補に言った。するとシスター・ユリヤが「シスター・ルチアを女教皇にして下さい。彼女の祈りで大神が御声をお聞かせになりました。わたしは父ウォースレンに女教皇になるように幼い頃から教育されてきましたが、わたしは父の道具にはなりたくありません。わたしは静かに祈りを捧げて日々を暮らしたいのです。」と法皇と女教皇に願った。ルチアは「わたしは親の顔を知らない孤児。上に立つ者には相応しくないでしょう。そしていずれ私は聖都を出てクロスナイト様と共に戦う宿命です。女教皇は聖都を離れられぬ身。どうかシスター・ユリヤを女教皇に。」と言った。法皇と女教皇はひとまずこの場を収めて、次期女教皇についてはしばらく保留する事にした。ウォースレンは娘の言葉に愕然とした。娘があの様な事を思っていたとは…。「しかし保留と言う事はまだ望みはある。」ウォースレンは静かにつぶやいて法皇の間の入口を静かに去った。しかし、大神が力を授けた以上、シスター・ルチアが女教皇の有力な候補になるのは間違いなかった。「いずれはシスター・ルチアを何とかせねばなるまい。ユリヤを何としても女教皇にして光の聖都を守る全権を我が手に…。」ウォースレン副長は独り言をつぶやいて聖騎士達の詰め所へ向かった。しかし、その独り言を見習いの修道女がすれ違いざまに聞いていた。ウォースレンは全く気づかずに…。これが光の聖都に大きな事態を引き起こすことになるとは誰も分からない…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます