ロストサマー

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 部屋でのんびり音楽を聞いているとスマホに着信があった。電話に出ると俺の母さんからだったが妙に声色が暗い。何があったのかを聞くと、同級生の母親が来ているから代わって欲しいのだという。


「それじゃ代わるからね。…………もしもし、いっちゃん? 久しぶりね」


「ああ、どうも。お久しぶりです」


 達也の母さんとはいつぶりに会話をするだろうか。達也は俺の幼なじみで、小学校から高校までずっと一緒だった。大学は同じ東京でも違うところだったが、遊ぶ機会はそれなりに多かった。もちろん達也の母さんと俺の母さんも仲がよく、家族ぐるみの付き合いをしていた。


「それで、話って?」


「それがね、うちの達也と連絡が取れなくなっちゃったのよ。夏休みには帰るって電話があったんだけどそれっきりで。いっちゃん、様子を見に行ってきてくれない?」


「えっ」


 俺はものすごく驚いた。達也の家は早くに父親を亡くして二人暮らしだったから、あいつは自分の母親をとっても大事にしていた。母の日にはカーネーション買いに付き合ったこともあるし、バイト代もバッグを買ってあげる為に貯めていると言っていたくらいだ。そんな達也が帰る連絡しておきながら、音信不通になるなんて考えられない。


「そんなことあるわけ……」


 と言いかけて、最後に会ったのが夏休み前に映画を一緒に見に行ったことだと思い出した。確かに九月を過ぎてからというもの、あいつからの連絡は来ていない。


「いや、俺も達也に会ったのは夏休みに入る前だった。九月になってからはお互い連絡してない……です」


「そうなのね……。実はね、大学から欠席が多くてこのままだと単位が足りないって連絡が来たのよ。それで電話してみたんだけど、繋がらなくて。大学の寮から出てからは住んでるところも教えてくれないからわからなくって困ってたのよ」


「それなら大丈夫、俺どこに住んでるか知ってるから。今から行ってくるから、また電話します」


「そう? ありがとうね。やっぱりいっちゃんは頼りになるわ。気をつけてね」


 俺は電話を切って、服を着替えるとアパートを飛び出した。達也が住んでるのは駅を三つ程東京方面に行ったところで、駅からは十五分くらい歩く。住宅街の僻地にあるような安アパートだ。203号室に住んでいるはずだが、ガラス越しに見える室内は暗く嫌な予感が胸をよぎる。


 チャイムを何度か押してみたが案の定出てこない。ドアにも鍵がかかっている。郵便受けにははみ出るくらいチラシが詰め込まれている。長い間留守にしているみたいだった。


「あの、この部屋の人に用事ですか?」


 電話口でどう伝えようかスマホを取り出したまま悩んでいると、老齢の男性に声をかけられた。


「ここに友人が住んでいるはずなんですけど、ちょっと連絡がつかなくなっちゃって。様子を見に来ました」


 男性は俺の話を聞くと、大きくため息をついた。


「私ここの大家なんだけど、この部屋の人家賃を二ヶ月分滞納してるんだよ。そろそろ話にいかなきゃいけないと思ってたら君が玄関前にいるのを見かけたんだ。ちょうど合鍵を持ってきているから、開けてみようか」


「お願いします」


 と俺が言うと、大家の男性は念のためにいつでも警察に連絡できるようにしておいてくれと強く言った。この人も嫌な予感がしているのだろう。確信を持ったような声だった。


「藤巻さん、大家の源です。入りますからね!」


 大家の男性が鍵を開けて中の様子をちらりと覗くと、後から入ろうとする俺を首を横に振って制した。俺は握りしめていたスマホで、警察に電話をした。



 結論から言うと、達也は部屋の中で死んでいた。やせ細った体が直立した状態で発見され、警察の話では直接的な原因は衰弱死だったという。しかし達也には既往歴が無かった。精神科に通っていたことも無く、部屋の中には食べ物も飲み物も十分にあったのだという。自ら進んででもなければこんな死に方はしないらしいことも聞いた。


 俺は警察に事情聴取をされたりで慌ただしい中葬儀が行われ、達也の母さんは酷く痛ましい声でずっと泣いていた。俺は突然のことすぎて泣くに泣けなかった。たった二ヶ月くらい会わなかっただけなのに。人はこんなにも簡単に死んでしまうのか。もっと一緒に遊べばよかったとか、連絡すればよかったとか後悔の念だけが日を追うごとにじわじわやってきた。


 達也の死から二週間程経ったある日、俺宛に荷物が届いた。達也の母さんからで、あいつが生前俺に遺したものがあったらしい。箱をあけると、そこにはスタンドアローン型VRゴーグルが入っていた。説明書を読む限り最初から『ラストサマー』という専用タイトルがインストールされていて、自然豊かな田舎の夏休みが楽しめるらしかった。面白いから俺に勧めようとしたのだろうか。


 そんな気分じゃなかったが、弔いのつもりで装着してゲームをやってみることにした。プレイヤーは夏休みの間親戚のところに預けられて、釣りをしたり虫を捕まえたり、山や海へ自由に冒険をする。どこかで見たことのあるようなゲーム性だが、驚いたことに音響が立体的で、水の表現もリアリティが高い。子供の頃に戻ったようなつもりで、コントローラーを握って遊び始めた。ここに達也がいてくれたらよかったのに。


 ゲームは朝から始まって夕飯の時間までが自由行動の時間。夜も少し出歩けるが、一定時間になると強制的に部屋に戻されて次の日になる。これってやっぱりあの夏休みゲーのパクリなのではないかと思いつつも、一日を体験してみた。やってきたばかりの日は出来ることも少なく、あっという間に夕方になった。


「おーい、飯の時間だぞ」


 プレイヤーの叔父にあたるキャラクターが夕飯の時間になるとどこにいても迎えに来る。ますますそれっぽい。初日の夕飯はプレイヤーがやってきたことを祝うためにカレーだった。懐かしいな、俺もよく母さんに作ってもらって達也と一緒に食べていたな。ふわりと香る美味しそうなカレーの匂いに、現実の俺も腹が減ってきた。


 さてここらへんで中断しようとゴーグルを外そうとすると、ゲームの中から声がした。プレイヤーの叔母にあたるキャラクターのものだ。


「あら、外さなくていいのよ。ほら、カレーいただきましょう」


 目と耳を疑った。画面内にそのようなセリフの表記は無い。では今の声はどこから聞こえてきたのか。俺の目の前には山盛りのカレーが置かれている。まさかそんなとコントローラーを前に振ると、ゲーム内の俺の手は器を持ち上げる。嘘だろあたたかい。


 もう片方のコントローラーを前に降って、スプーンを取ると勝手に一口分をよそって、口元に持ってくる。口を開けると味がする、本物のカレーの味がする! 俺は美味しさに衝撃を受けた。これ、ゲームなのか?


「そうかそうか、美味しいか。そりゃあよかった」


「お兄ちゃんもカレー好きなんだね! 私もだよ!」


「いいなー山盛りで。オレも山盛りがよかったー!」


 他の食卓を囲むキャラクターたちが次々に言い始める。これ以上はヤバいと直感した俺は無理矢理にゴーグルを外そうとした。しかし、接着剤でくっつけられたように剥がれない。コントローラーを落としたいのに両手を開くこともできない。どうなってるんだ。


「もういいんだよいっちゃん。ここでずっと夏休みを過ごそう」


 ゲームから達也の声がした。

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