第7話 歌声
料理はどれも好評で、久々に作ったものもあったけど上手くできていた様子。ご主人にも好評で、これなら玄海町で板前としてでもやっていけると太鼓判を頂いた。料理の腕はそこまで落ちてなかった様で一安心だ。四人でワイワイと楽しい時間。入院中の病院のご飯はあまり美味しくなかったとご主人が言っていたが、それには激しく同意だ。僕も退院後に食べた牛丼が、泣けるぐらいに美味しかったのを覚えている。
「それで、辻くんと七海はいつ結婚するんだ?」
「えっ!?」
七海ちゃんと僕、同時に食べていたものを吹き出しそうになる。どこでそういう話になったんですか!? 美咲さんだけクスクス笑っていたので、きっと彼女が何か吹き込んだに違いない。
「わ、私たちはそんな関係じゃないから! 玄人とは数日前にたまたま会って、ここに泊まってもらっただけ!」
「僕は今無職ですし、それにもう明日には東京に戻りますので」
「そうなのか? 七海もここを継ぐつもりなら、相方としてもいいと思ったんだがな」
「玄人くんもウチに就職しちゃえば? 東京ほど給料は良くないけどね」
「もう、お母さんまで!!」
照れて真っ赤になっている七海ちゃんと、それをからかう様に笑っているご両親。本当に仲のいい親子で、とても温かい雰囲気に包まれる。そんな中によそ者の自分が加わっていることに若干の違和感があったが、それでもこの瞬間に輪の中に加われている喜びも感じる。こんなに和んだ家族の空気は、もう何年も味わっていないものだった。
夕食後、楽しかったあの時間を思い出しながら部屋の窓辺でスマートホンをいじっていると、七海ちゃんが出ていく姿が見える。こんな夜更けにどこへ? そう思いながら目で追っていると、どうやら向かいの温泉のある島に渡る様で、手にはギターケースらしきものを持っていた。彼女のプライベートのことだから……そう思いつつも気になって、後を追うことにした。
外は当然暗くて、所々に灯っている街灯と月明かりが頼り。まだ少し寒い中肩をすくめながら彼女を追うが、島のどこに行ったのかは分からない。と、風に乗ってギターの音と歌声が聞こえてきた。そちらに歩いていくと、小高い丘の様なところで手すりに腰掛けて歌っている彼女の姿。邪魔しては悪いかと思って、少し離れた場所から曲を聴く。アップテンポの曲をアコースティックにアレンジした感じで、喋り声とはまた違った彼女の澄んだ声に良く合った曲だ。流石、メジャーデビュー直前まで行っただけのことはある。
「パチパチパチ……」
「やだ、聴いてたの!?」
曲が終わったのを見計らって自然と拍手しながら彼女の方に近寄ると、少し恥ずかしそうにしている七海ちゃん。
「いい曲だね……美咲さんに聞いたよ。デビュー直前だったって」
「デビュー曲はさっきの……『スタート』って曲の予定だったんだよね。今日、博多で友達のライブに行ったら私も歌いたくなっちゃって。ここから始まる、これから始まるって想いで書いたんだけど……結局始まらなかったなあ」
「……」
歌が上手いのだから、諦めなければ……と言いそうになって言葉を飲み込む。彼女も色々考えてこちらに帰ってきたのだろうから、部外者が下手な同情をするのは筋違いだろう。
「慰めてくれないんだ」
「いや、こっちに帰ってきたのも理由があるんだろうし、『こっちで歌えばいいのに』とか言うのも失礼じゃない?」
「ハハハ、それもそうだね。ごめんね、気を使わせちゃって……お互い、色々と上手く行かないね」
「そうだな……でも、僕はここに来て良かったと思ってるよ。食べ物も美味しいし、七海ちゃんや美咲さんに良くしてもらったし。帰ったら職探しだけど……まあ、なんとかなるような気がしてきた」
「そう? じゃあ、私も頑張ろうかな―」
大きく伸びをしながら笑ってみせた七海ちゃん。少し寂しそうでもあるが、明るくて強い女性だから彼女ならきっと大丈夫だろう。僕も負けられないな。
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