第5話 浜野浦の棚田

 食後はエネルギーパークへ移動。ここにも桜並木があり、腹ごなしがてらブラブラしながら園内を見て回る。原発の紹介施設だけかと思っていたけど、植物園の様な温室や伝統工芸品を紹介するふるさと館などもあり、広い園内は思っていた以上に見応えがあった。気が付くとニ時間ほど見て回っていた様で、時計は15時前。


「予想以上に見るものが多かった!」

「私たちは社会見学とか事あるごとに来てたから、見飽きちゃったけどね。でも、桜並木と温室は好きかなあ。満足してくれたなら、連れてきた甲斐があったわね」

「そうだね、有り難う」


 車に戻りエネルギーパークを後にする。そのまま民宿に戻るのかと思いきや、途中で脇道に入る様に指示されて、言われるがままに道を走ると牛舎が見えてきた。


「ここは……牧場?」

「アイスクリームを買って帰ろうと思って。お母さんも大好きだからさ」

 

 松本アイス工房は松本牧場が運営していて、新鮮なミルクから作るジェラートが有名なんだそうだ。彼女は手慣れた感じで九個セットと、ばらで二つを購入。二つは車の中で食べる用らしい。そこからまた国道に戻って暫く走り、駐車場に車を停めてアイスを食べることに。


「最初はやっぱりミルク味ね。はい、これ。私は黒ごまきなこ」


 渡されたアイスの容器を開けると、フワッとミルクの香り。すくって口に運ぶとサラッとした舌触りなのに濃厚で、ミルクの味がしっかりと感じられた。


「へえ、すごいミルク感だね!」

「美味しいでしょ? 通販もやってるから東京からでも買えるよ。私は時々注文してたんだ」


 確かに、このミルクの味を知ってしまうと他の味も食べたくなるし、コンビニのアイスではちょっと味わえない濃厚さだ。リピートしたくなるのも頷ける。松本アイス工房……東京に帰ったら早速お取り寄せしなければ。


 アイスを食べ終えると車を降り、最後の観光地に行くとのこと。ここは『浜野浦の棚田』が見渡せる展望台の駐車場だったようだ。玄海町をネットで検索したとき、最初に出てきたのがここの棚田だった。


「おお! 写真で見るより、ずっと迫力があるね」

「でしょ? 田植えの時季は水が張られてて、もっとキレイなんだけどね。でも、ちょうど夕日も見られていい時間だったかな」


 少しオレンジ色に染まった空と海が棚田の輪郭をよりくっきりと見せて、それはもう絶景だった。暫く無言のままでその景色を眺めていたが、ふと傍にあったモニュメントが目に付く。


「これは?」

「ああ、ここは一応『恋人の聖地』ってことになってるの。プロポーズするのに最適な場所ってことらしいよ」

「恋人の聖地か。じゃあ、今度は恋人と来ないとな」

「……恋人はいるの?」

「まずは、恋人を見付けないとダメだけど」


 そう言うと彼女は呆れた様に笑っていた。そもそも恋人がいたら一人で旅行なんて来ないし、就職してからは忙しすぎて恋人を作っている余裕など全くなかった。今から考えると、本当に仕事だけしかしていなかった気がする。美しい景色を見て感動したり恋人の話をして笑ったりできるのも、心に余裕があってこそだ。


 今日一日観光してみて、如何に余裕のない生活をしていたのか改めて理解したし、豊かな自然に触れて心身を休めることの重要性もよく分かった。もちろん、一緒に回ってくれる人がいることも心には重要な栄養だったと思う。


 大満足の観光を終えて、民宿に戻ってからまた夕飯の支度を担当することに。昨晩ほど凝ったものではないが刺し身や唐揚げなどを用意して、三人での食事を楽しんだ。そういえば家族で食べる夕食はこんな感じだったな。昨日はまだ『客』と言う意識が強かったが、今日一日彼女と行動を共にして食事をしながら美咲さんに色々報告していると、本当の家族の様に錯覚してしまう。


 夕飯を楽しんだ後は美咲さんに勧められて、七海ちゃんと一緒に温泉へ。民宿の前には陸続きながら『三島』と言う島があって、そこに温泉施設があるらしい。本当に目の前なので、歩いてニ分もかからない場所だった。


「家族風呂もあるよ。一緒に入る?」

「いや、流石にそれは……」

「フフフ、冗談だよ。じゃあ、あとで」


 本当に冗談だったのか、笑いながら彼女は女湯の方に行ってしまった。真面目に答えてしまった自分がちょっと恥ずかしいと思いつつ、男湯へ。少し遅い時間だからかほぼ貸し切り状態で、大浴場にゆったり浸かると今日一日の疲れどころかここ最近の疲れも全部流れていく様な気がした。着の身着のまま何も決めずにここに来たが、本当に贅沢な旅行になったとしみじみ感じる。

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