第3話 民宿まつだ

「ただいまー」

「あら、おかえり……って、あんたどうやって帰ってきたの!?」

「ヒッチハイク」

「ヒッチハイクって……」


 彼女の母親であろう女性は、娘の後ろに立っていた僕を怪訝そうな目でジロジロと見ていた。


「僕は旅行に来ていたんですが、たまたま七海さんを駅でお見かけして、車に乗って頂きました」

「彼、宿がまだ決まってないんだって。ウチに泊まってもらってもいいでしょ?」

「構わないけど、お父さんがいないから料理も何も出せないわよ」


 どうやら彼女の父親は入院中らしい。西唐津駅の近くの病院に入院していて、僕が彼女を拾う前に面会に行っていたそうだ。


「えー、私の夕飯は?」

「あんたの分は私が作るけど、今から買い物に行くから」

「折角だから、彼にも海の幸を食べてもらいたいと思ったんだけどなあ。玄人も海鮮、食べたいでしょう?」

「ええ、まあ……」

 

 海鮮云々よりも彼女が『玄人』と呼んだ途端、彼女の母親がハッとしてこちらを見たことに少し焦る。いや、お母さんが思っている様な親しい間柄でも何でもないですから!


「あ、あの、代金はお支払いしますので、食材だけ買ってきて頂くことはできますか? 僕、少しは料理ができますので、お近づきの印に夕飯は僕が担当させてもらいます」

「料理できるの!?」


 僕の実家は母がずっと小料理屋をしていた。父は僕が小学校の頃に亡くなったので、それ以来母親がずっと働いて大学まで行かせてくれたのだ。そんな母の役に立ちたくて子供の頃から店の手伝いをしていて大学生になっても休みの間は続けていたので、いつの間にか一通りの料理はできる様になっていた。そんな母も三年前に他界してしまったのでそれ以来魚を捌いたりしてなかったし、前の会社に勤めているときは殆ど自炊もしていなかったので少々不安はあるが、まあ大丈夫だろう。


 彼女の母親にお金を渡そうとするが、『娘が車に乗せてもらったから』と言って受け取ってくれず、そのまま買い物に行ってしまった。その間彼女に案内してもらって民宿の部屋へ。折角だからと用意してくれたのは二階の角部屋で、窓からは海が見渡せる贅沢なロケーションだ。料理は厨房を使わせてもらえるとのこと。実家の小料理屋に比べると随分広くて落ち着かないが、使いやすそうではある。


 そうこうしている内に彼女の母親が帰ってきて、厨房まで食材を持ってきてくれた。春先のこの時季、目の前に並べられたのは真鯛にブリ、そしてイカにエビ。牛肉とイチゴもあって、どれもこの地域の名産らしい。魚やイカを捌くのは久しぶりだが、新鮮な食材を前に気分が高揚してくる。次の就職先はどこかの料理屋でもいいかもな、なんちゃって。


「魚、捌ける?」

「もちろん。七海ちゃん、お料理は?」

「私は全然。これから勉強するつもりだけど、今日は玄人に譲るよ」

「まったくあんたは……私も手伝うから、ゆっくりやりましょう」


 彼女の母親にも手伝ってもらって、久しぶりの料理。僕が刺し身を用意している間に、彼女の母親がエビフライやかき揚げを作ってくれて、どんどん皿が増えていく。そして一時間もしない内に豪勢な料理が出来上がった。刺し身に揚げ物、それにサイコロステーキまであり、デザートはイチゴ。普通に店で食べたら、何千円と取られるんじゃないかな。久々の料理だったけど、刺し身もあらを使った味噌汁も、そして鯛飯も上出来だ。


「美味しい!」

「あら、ほんとね。これだけ料理できるなら、板前でも十分やっていけるわね!」

「アハハ、有り難うございます……ホント、美味しいですね!」


 久々に食べた新鮮な魚介類。鯛もブリも脂が乗っていて、イカやエビは弾力があるのにプリっと噛み切れ、味が口の中に広がる。自分で作っておいてなんだが、出汁が効いた鯛飯も味噌汁も絶品だ。七海ちゃんも彼女の母親も味には満足してくれている様子で、自然と会話も弾んだ。入院していて久しく飲んでいなかったけど、地酒を少し頂いたのもあるかも知れない。彼女の父親はこの民宿でずっと板前をやっていたが、持病のヘルニアが悪化してしまって先日手術したそうだ。二日後に退院とのことだから、帰る前に会えるかな?


「玄人は観光するの?」

「そうだね。車もレンタルしてることだし、折角だから回ってみようかと思ってるよ。どこかオススメのスポットとかある?」

「じゃあ、私が案内してあげる! 町内なら任せといてよ」

 

 ちょっとテンションの上がっている彼女を見て、彼女の母親はどことなく嬉しそうにしていた。今回の彼女の帰省は久々だった様だが、娘が元気そうにしているのが母親としては喜ばしいなのかも知れない。それとも僕みたいな冴えないサラリーマンが、彼女の彼氏ではないと分かって安心したのかな?


 デザートに頂いたイチゴの『さがほのか』もこの地域の名産だそうで、甘みが強くてジューシー。今まで食べたイチゴの中でダントツに美味しかった。宿も決めずにブラっと訪れた玄海町だったけれど、魚介類に牛肉、それにフルーツまで名産品を堪能できたのは七海ちゃんに出会えたお陰だな。案内もしてもらえることになったし、なかなかいい旅になりそうだ。

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