第2話 ヒッチハイカー
一度乗り換えがあって、そこからうつらうつらしている内に唐津駅に到着。乗り過ごしそうになって慌てて電車を降りる。駅を出てみると流石に都会ではないが地方都市と言った感じ。それでも自分の実家があった田舎に比べれば随分と整った町の様に思えた。そこからレンタカー店までは徒歩五分ほど。チラチラとスマートホンの地図を見ながら店を目指すが、デカデカとレンタカーの看板が立っていて容易に見付けることができた。
一人旅なので一番小さなクラスの車を借りることにして、期間は四日間。こういう旅はどれぐらいが一般的なのか分からないが、恐らく一週間も二週間も同じ場所では過ごせないだろう。そう考えると四日と言うのはなかなかリーズナブルな期間だ。実は車の運転は久しぶりなのだが……幸いにして道は東京ほど混んでいないから、運転している内に慣れるだろう。カーナビ通りに車を進めると、一駅分走って西唐津の駅前へ。と、駅前の道路脇で、スケッチブックを掲げて立っている人の姿が目に入った。
──ヒッチハイク!? 今どき珍しい。
陽の光の加減で、遠くからだと相手が良く見えなかったが、通り過ぎる際に横目でその人物を見てハッとする。それは新幹線に乗っていたあのミュージシャンっぽい格好の女性。持っていた紙には『玄海町』と書いてあった様に見えた。少し強めにブレーキを踏んでスピードを緩め、近くにあったレストランの駐車場に入る。僕が彼女を見て停まったことが分かったらしく、彼女も小走りでこちらに寄ってきた。運転席の窓を開けると、彼女が覗き込む。
「玄海町まで乗せてもらえる?」
「いいよ。僕も玄海町に行こうと思ってるんで」
「そうなんだ、ラッキー。じゃあ、よろしく!」
助手席に乗り込んだ彼女は、僕の横顔をしげしげと見つめている。
「そういえば、どこかで会ったことない?」
「今日、新幹線で同じ車両に乗ってたんだ。それと、博多のラーメン屋でも君を見かけたよ」
「ああ、そういえば……」
彼女からすれば僕は目立たない、どこにでもいる青年なのだろう。彼女は派手ではないが目立っていたので、僕の方はしっかり覚えていたけれど。
「あなたは旅行? 平日にこんな所にいるなんて珍しいね。サラリーマンじゃないの?」
「色々あって先日退職してね。同僚に勧められて玄海町に行ってみることにしたんだよ」
「そうなんだ。あ、じゃあドライブがてら、海沿いの道を走った方が楽しいね。次の信号、左に入らずにまっすぐ行こう」
「あ、はい」
彼女の提案でカーナビの道案内を外れて海沿いの道を走ることに。少し窓を開けると潮の香りが一気に車内に広がった。彼女の話では一時間弱で玄海町に着くそうだ。カーナビ通りに山の中を走るより、断然こちらの道の方が海沿いの町に来た実感がある。ドライブを楽しみながら、自然と彼女との会話も増えていった。
「僕は辻 玄人。28歳だよ。さっきも言ったけど、訳あって会社を辞めて、次の就職先を探す前にちょっと旅行をね」
「私は松田 七海。見たまんまだけどミュージシャン……崩れってところかな。実家がこっちなんだ」
『ミュージシャン崩れ』と言うところは引っ掛かったけど、それ以上は詳しく聞かなかった。彼女が自分のことをそう表現したことも、また実家に帰るのことにも何か理由があるのかも知れないが、旅の出会いで根掘り葉掘り聞くのも野暮と言うものだ。その後は玄海町の話やちょっとした世間話などで会話が繋がる。
「そういえば辻さん、宿はどこなの?」
「玄人でいいよ。辻さんって言われると、なんか会社を思い出しちゃうんだよね。君は……七海ちゃんって呼んでいいかな?」
「私も松田さんって言われるよりそっちの方がいいかな」
「ありがとう。ああ、それで宿なんだけど、まだ決めてないんだよね。ネットで調べたらエネルギーパークだっけ? あの辺りに結構民宿がありそうだったから、着いてから探そうかと思って。この時季なら空いてるって同僚も言ってたし」
「そうなんだ。じゃあさ、ウチにおいでよ」
突然、彼女の家に誘われてビックリしたが、まさか車に乗せてあげたお礼!? いや、そうだとしても、いきなり初対面の女性の家に上がり込むなんて厚かまし過ぎる。
「いやいや、それは余りにも厚かましいからいいよ。車に乗せてあげたのは気まぐれだし、気にしなくていいからさ」
「アハハ、真面目だなあ。違うって、ウチの実家は民宿やってるんだよね。今は休館中だけど、一人ぐらいならなんとでもなるからさ」
なるほど、そういうことか。休館中なのにお邪魔していいものかとも思ったが、折角の厚意だから甘えさせてもらうことにした。彼女を家まで送っていって、宿を探す手間も省けるなら一石二鳥だ。
橋を渡ってエネルギーパークの横を走り抜ける。どうやら先ほどの橋を渡りきった所で玄海町に入った様だ。そこからまた十分ほど国道を走って、目的地である彼女の実家に到着。『民宿まつだ』、そこが彼女の実家の様だ。
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