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たおたお
第1話 一人旅
東京駅で7時9分発の『のぞみ9号 博多行』に乗り込む。随分と朝早い時間の便だが、昼頃に博多に着こうと思うとこれがベストだ。人生初のグリーン車は座っただけで驚くほどに快適で、流石に高額なだけのことはある。普段なら良くても指定席止まりだが、たまにはこんな贅沢もいいだろう。
僕は辻 玄人(つじ はると)、28歳。どうして平日のこの時間に新幹線に乗っているかと言うと、出張ではない。もし出張ならグリーン車なんてまず乗れないだろう。この度めでたく無職になってしまったので、次の職を探す前に特に宛もなく旅に出たと言うわけだ。以前に勤めていたのは中堅のソフト開発会社で、スマートホンのアプリなどを開発していた。28歳ともなれば管理なども任される立場で、今から考えればかなりブラック……いや、頑張りすぎていたのかも知れない。
結果として体を壊して入院してしまい、一ヶ月ほど入院して戻った頃には会社に居場所が無くなっていた。社長にやんわりと退職を勧められ、医者からも『無理をするな』と言われていたのもあって、六年ほど勤めた会社を去ることになったのだ。今までの功績もあって退職金を少し多めに貰えたのは不幸中の幸いだったが、当然ながらこれからずっと遊んで暮らせるほどではない。せいぜいグリーン車に乗ることを思い切れる程度だ。
今回の目的地は博多のもう少し先、佐賀県だ。前の会社の同僚とは退職後も連絡を取り合っていて、旅行先の相談をしたら彼の出身地である佐賀県の玄海町を勧められた。玄界灘に面した町で、原発があることでも有名な場所。彼の話では時間がゆっくり流れている感じで魚や佐賀牛も美味しいし、休養するにはちょうどいいとのことだった。僕自身東北の小さな漁師町の出身だから、魚が美味しいのは有り難い。佐賀県にはまだ行ったことがないこともあって、彼の提案を受け入れることにした。宿は現地に着いてから決めることにして、本当に着の身着のまま新幹線に乗り込んだ。密かに憧れを持っていた『ぶらり一人旅』である。
『今日も、新幹線をご利用くださいまして、有り難うございます。この電車は……』
ゆっくりと動き出した新幹線内にアナウンスが流れる。思えば新幹線に乗るのはいつも出張時で、個人的な旅行で乗るのは久しぶり。目的地が知らない場所だけに柄にもなく少しワクワクしている。長らく旅行など行ったことがなかったが、たまにこんなのんびりしたのも良いものだ。しかし新幹線とは言え博多までは5時間ほどかかるわけだから、上手く時間を潰さなければ……まずはトイレかな。
前方にあるトイレに行ってから自分の席に戻る際、自分よりも三つほど前の列に座っていた女性に目が留まった。黒い革ジャンにメタルバンドのアーティストTシャツ。下はジーンズで、大きめのキャスケットを被っている。上の棚にはギターケースが置いてあった。
──ミュージシャンかな?
何気なくそんなことを思いながら見ていると彼女と目が合ってしまって、慌てて自分の席に戻る。その後は持ってきたタブレットとヘッドホンが大活躍。音楽を聴きながら読書したり、ダウンロードしておいた映画を観たり。何度も見ているはずの風景もグリーン車からだと新鮮に思えて、窓の外を流れていく景色も楽しめた。少し仮眠も取ろうかと考えていたが、思っていた以上に時間が速く過ぎて博多に到着する。車内はとても快適だったし、この旅はなかなかいい滑り出しをしたと感じる。
そのまま在来線に乗り換えて目的地を目指しても良かったが、ちょうど昼だしまずは腹ごしらえ。駅構内を出て地下に潜り、博多に来た時は必ず行っているラーメン屋へ。博多と言えば豚骨ラーメン……と言うのはよそ者の発想かも知れないが、すっかり定着してしまった。いつもの様に注文して細麺をすする。と、食べている間に新幹線の車内で見た例のミュージシャン風の女性が店内に入ってきたが、今度は目の端で確認しただけであまりジロジロと見ない様にする。東京から乗っていたみたいだけど、博多でライブでもあるのだろうか?
その後久しぶりの博多駅構内を少しブラブラして、13時前の電車に乗る。どうやら地下鉄空港線に乗れば、JR線に乗り入れている様だ。レンタカーを借りたいので目的地は唐津駅だが、1時間半ほどで到着予定。そこから車で玄海町を目指せば……現地で宿を探す余裕ぐらいはありそうだ。
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