獄宙に囚われる 12
だが森川は現状司法によって赦されることはない。誰もあいつを裁いちゃくれないし、自分を許すことが出来るその日まで、森川は罪悪感という名の鉄平の幻に苦しめられることになる。まあ耐えかねて警察に自首する可能性もゼロじゃない。これから先どういう方向に進むのかはわからないが、確かなことは森川は報いを受けた。それだけは言える。
駅の灯りが遠くに見えた。家に帰るまでが遠足だなんて言葉もあるが、あそこまで行けばあとは電車に揺られるだけ。この五日間の調査のゴールといってもいいだろう。
ふと視線を感じ、並んで歩く佳蘭の顔を見る。どこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「――ごめんなさい。高戸が一番森川を裁きたかった筈なのに。けどもしあの時わたしが動かなかったら、高戸は森川を殺していた。そう思ったからこそわたしは動いたの。結果としてわたしが高戸から復讐の機会を奪ってしまったも同じことよ。ごめんなさい」
「なんだそんなことか。気にしちゃいねーよ。それに森川は報いを受けた。それで充分だ」
これは俺の本心からの言葉だった。奴は報いを受けた。罪を清算するその日まで、苦しむことになる。それで充分。
それにあんな小物どうだっていい。俺が、俺が復讐したい存在はあんな小物じゃない。俺が真にどうにかしたい存在は——。
俺はふっと大きく息を吐き出すと夜空を見上げる。ぽっかり空いたような真白の満月には、変わることのないウサギの餅つき。鉄平は、有馬鉄平という俺の親友は、最後まで俺の知っている通りの男だった。会わない間に変わってしまったところも確かにあった。それでも本質変わっちゃいない。それを再確認出来たことが、この調査での一番の収穫だった。
そう。たとえ月の裏側の
「ねえ。あれ、なにかしら」
唐突に佳蘭から声をかけられた。純粋な疑問といった声色。無造作に伸ばされた佳蘭の白い指の先へと視線を向ける。
三十メートルほど離れた街灯の光の下、なにか白い影のようなものが動いている。うねうねくねくね揺れるように蠢く白い影。距離のせいだろうか。いまいちあれがなんなのか判別がつかない。俺はもっとよく見えるように目を凝ら/ミエナイ。
「見るな‼」
咄嗟だった。反射だった。思考を置き去りにして身体が動いた。佳蘭の視界を塞ぐために抱きしめ、その顔を俺の胸に押し付ける。
「あ、あ、ああああああああああ」
発狂した佳蘭の叫び声。思わず間に合わなかったと舌打ちを鳴らす。抱きしめている佳蘭の身体は死後硬直でも起こしているかのように硬い。おそらく全身に変な力が入り過ぎているからだろう。
俺は、俺はあの白い影を知っている。あれがなんなのかはわからない。ただあの白い影は俺が見ることが出来なかったもの。
「月光」を読み終わった直後に見た白昼夢に似た幻。富永弥が、自らの死を選ぶきっかけとなった凄惨な光景を思い出す。月からこの星に向けて伸びる無数の白い異形の腕。おそらくこの事実は世界中で俺しか知らないことだろう。俺だけが分かる。俺しか知らない。あの白い影は、月の異形と同質の存在だということは。
あれこそが俺が、俺が本当に復讐したい真の存在。
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