獄宙に囚われる 7
俺たちしかいない喫煙所。そこのベンチに荒々しくドカリと座り込み煙草に火を付ける。そしてフーッと紫煙と一緒に嫌な気分を吐き出した。俺の機嫌が多少マシになったのがわかったのか、森川はさっきまでの落ち着かない表情からニヤニヤしたウザい笑みに変える。そのまま森川は俺の隣に座ると電子タバコをセットし始めた。
「随分と派手な痴話喧嘩だったな」
「あァ? 茶化してんじゃねーぞ」
「おーこわ」
弄りにきた森川を睨みつけることで黙らせる。とはいえ森川の顔は依然として意地の悪い笑みを浮かべていて、まだまだこのネタで弄る気満々だ。
「ああ見えて品野さんは喧嘩っ早いんだよな。おれの時も羽交い絞めされたわ」
「あんな雑魚どうだっていいんだよ! 佳蘭だ佳蘭。あのアマ俺を舐め腐りやがって‼」
バギンと金属製のベンチに拳を一発叩き込みながら吐き捨てる。わなわなと怒りに身を震わせると、森川はその笑みを深くした。
どうやら俺の演技はバレてないようだ。完璧に仕掛けた罠が機能している。これで俺は森川から更なる信頼を得ることが出来るだろう。
他人と仲良くなるために一番手っ取り早いのが、共通の話題で盛り上がることだ。そこから一歩踏み込んで、共通の敵というものを創り出せば結束は更に高まる。他人の陰口で盛り上がるなんてことはよくあること。自身の不満や愚痴の共有、敵対者という一つの目的を持つことで簡単に人は結束出来る。早く簡単で強い分、容易く崩れる邪悪な仲間意識。
昨日森川と一緒にラーメン食った時、こいつが佳蘭の話題を出した時に気が付いたことだ。あの時は俺が笑い話にしたが、確かに森川の目には佳蘭への恨みがあった。
「なあ高戸、久留主佳蘭
ボソリと呟かれた森川の言葉。動揺で跳ね上がりそうになる肩を理性で抑えつけ、ゆっくりゆっくりと横を向く。ニタニタとどこか粘着さすら感じる邪悪な笑み。
「新聞に自分の顔が載るのは御免だぞ」
「警察にパクられるのは流石にイヤだぜ。それはおれも同じさ。ただな、いい方法があんだよ。それともあれか、ビビってんのか?」
俺を煽るように挑発的な、それでいて侮蔑的な笑み。思わず森川の顔面をぶん殴りそうになり、強く右手を握りしめることで誤魔化す。こいつは、森川という男はヤバい。俺も昔はヤンチャしていた。警察に補導されかけて仲間と逃げたなんて経験もある。ただこれはヤンチャだとか若い時のバカといった範疇を遥かに越えた邪悪だ。
「……いいぜ。やっちまうか」
「そうこなくっちゃ! 流石高戸だぜ。そうと決まればパチ屋に行ってる暇はねえ。ウチへ来いよ。作戦立てようぜ」
クククという押し殺した笑いと共に愉しそうに森川は顔を歪める。いくら俺といえど佳蘭を危険な目に合わせるのを良しとするほど腐っちゃいねぇ。ただ今の状態の森川は本気で危険だ。何をしでかすかガチで読めない。コントロールするためにもここは乗った方がいい。
今の今まで俺の狙い通りの展開だった。仕掛けた罠も完璧に機能した。俺の釣り針は確かに森川の喉に深く突き刺さった。あとは釣り上げるだけの圧倒的に有利な状況から、気が付けば俺の方が追い込まれてくる。まるで人食い鮫の巨大な口目掛けて一歩踏み出したような気分だ。まだいける。まだ踏み込める。ただ踏み込み過ぎたら俺も佳蘭も食い殺される。いつ引くかの引き際を確実に見極めなければならない。
一服を終えた森川は堪えきれないと立ち上がり「ついてこいよ」と俺に声をかけてきた。俺は短くなった煙草を一瞥し、確かに頃合いかと灰皿に投げ入れると立ち上がる。そして数歩先を歩く森川に置いていかれないよう歩き始めた。
踏み込まなければこれ以上情報を得ることは出来ない。だが踏み込み過ぎれば佳蘭に危険が及ぶ。いつも通りの自然体を意識しながら歩く俺の背に、冷や汗が流れたのを自覚した。
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