獄宙に囚われる 6

   ※


 俺は欠伸を噛み殺しながらオカルトサークルへ向かってゆっくりと歩く。今日で五日目、調査期間の最終日だっていうのに我ながら呑気してると思う。時間を確認するためにスマホを取り出す。十三時四十分森川との約束の時間から十分ほど遅れている形、時間管理は完璧だ。早すぎて俺の方が先に部室にいてもダメ、かといって遅すぎれば森川のことだ、痺れを切らしてパチ屋に向かう。これくらいの遅刻がベスト。

 ふわあと噛み殺せずに半分ガチで半分演技の欠伸が漏れた。俺自身演劇の経験なんぞあるわけがない。部室に入っていきなり演技が出来りゃ問題ないが、まあ勿論そんな器用な真似出来るわけがない。だからこうして遥か手前から作り込みながら歩いてる。ついでに言うならここ数日のネカフェ暮らしでガチで気怠い。ここまでやりゃ不自然な演技でご破算になるなんてことはないだろう。

 オカルトサークルの部室の扉を自然な動作で開ける。内心の気合いを表に出さないように、あくまで自然な感じで。さあここからが本番だ。

 部室の中には森川を含めたサークルメンバー全員と佳蘭がいた。初日以来の全員集合。ただ部室内の空気は険悪そのものだった。

 険悪な空気の発生源は丸わかりだった。まるで近づく人間全員を斬りつけるかのような雰囲気を放つ佳蘭と、不機嫌そうに関わるなオーラ全開の森川。こいつら二人が原因だ。

桃生なんて挙動不審気味にあわあわしている。長瀬は関わりたくないと言わんがばかりに目の前の本に集中しているし、竹中と品野はパソコンに向かいながらもチラチラと様子を覗っている。まさにほんの少しの火種で簡単に爆発する、そんな空気を醸し出していた。これは俺が狙っていた状況そのもので、打つ手は決まっている。

「オウ森川、遅れて悪かったな。じゃあ行こうぜ」

「悪かったじゃねえよ。自分から言っておいて遅れるなよ。……チッまあいいや。早く行こうぜ」

 森川は舌打ちと共に時間潰しのために弄っていたスマホを仕舞うと立ち上がる。部室内の空気がほんの少し緩くなったのを感じた。空気を悪くしている奴がいなくなるのが分かり、安心したのだろう。だがそこに佳蘭が待ったを掛ける。

「待ちなさい高戸。一体どこへ行くつもりなの?」

「あァン? 別にいいだろどこだって。お前に関係あんのかよそれ」

「関係あるわよ! あなたこの五日間なにをしてたの⁉ わたししか調べてないじゃない。最終日くらい真面目にやったらどう?」

 俺の起こした火種が引火した。声を荒げてガチでブチ切れてる佳蘭。あまりにも真っ当で、ぐうの音も出ないほどの正論だ。だからこそ俺も逆ギレすることが出来る。

「うっせえよ‼ そもそもが勝手に俺を巻き込みやがって。元々乗り気じゃなかったんだよコッチは‼」

「そもそもわたしがいなかったら留年してたでしょ‼ どうするつもりだったのよ‼」

「うっせぇな! 知るかそんなモン‼」

 部室中の視線が俺と佳蘭に集まった。僅かに視線を逸らし桃生を見る。大きく目を見開き驚いたように口元を手で隠していた。一瞬のアイコンタクト、すぐに視線を佳蘭へと戻す。桃生にはあらかじめこの展開になることは話してあった。そもそもが桃生が全く部室に来ない俺を佳蘭がキレないのはおかしいと言ったのがきっかけの一つだ。桃生にだけは話しておかないとガチで支障が出る。

いい感じにこっちの痛い所を突くような佳蘭の言葉。昨夜話し合って予定調和のことだがガチで頭にきてる。自然と俺のボルテージも高まっていく。

「ガチでウザいんだよお前‼」

「なにキレてるの? 事実だからって逆ギレ?」

「テメェ!」

 流石に我慢できず佳蘭に詰め寄ろうと一歩踏み出す。ヤバいと思ったのだろう。様子を覗っていた品野が間に割り込んできた。

「やめるでござるよ二人とも‼」

「テメエは関係ねえだろ。すっこんでろよ‼」

「困ったらすぐに暴力に訴える。とんだクズね」

「久留主殿も煽るなでござるよ‼」

 なんとか場を収めようと必死に俺の前に立ち塞がる品野を押しのける。充分だ。もう充分ヘイト稼ぎは出来た。後はこのまま佳蘭のもとへ行って、適当なところで俺が折れればそれで終わり。狙い通りの展開だ。

「やめろって言ってるだろ‼」

 突如ガチギレした品野に胸倉を掴まれた。反射的に俺も品野の胸倉を掴み返し、至近距離でガンを飛ばし合う。

 やらかした。怒りに染まった目を真っ向から睨み返しながら冷や汗をかく。ヘイト稼ぎ過ぎた。品野の奴頭に血が上り過ぎていつものキモいござる口調すら忘れてやがる。マズい。これ以上は揉め事としてデカくなりすぎる。どうする。どこで折れる? どこで終わらせる?

「高戸くん! これ以上の揉め事はやめてくれないか‼ 大人しく部室から出て行ってくれ!」

 怒気の籠った竹中の言葉は、今の俺からすれば助け船に他ならない。ゆっくりと右手の力を抜き、掴んでいた品野の胸倉を離す。同じように品野の方も離した。

「騒がしちまって悪かったな。おい森川、行くぞ」

「お、おう」

 状況についていけず間抜け面晒してる森川を連れて部室から出ていく。勿論舌打ちと強めに扉を閉めることも忘れない。これで俺の印象を更に最悪なものにしただろうが、そんなことは知ったこっちゃない。どうせ明日からは一切関わることはない奴らだ。何を思われても思われてもノーダメ。ああ桃生とだけは連絡先交換してたが、あいつにはある程度話してある。まあそれに後のことは佳蘭がなんとかするだろう。

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