獄宙に囚われる 5

 男二人で真昼間の街を進む。森川の話を聞く限り目当てのラーメン屋まで歩いて二十分といったところらしい。まあまあな距離がある。

「なあ。さっきのハッピーピエロ、あれは一体なんだったんだ?」

「ん? ああ。あの当たりね」

「ハピラン光るタイミングは最後のボタンを離した時だろ。あの時まだ回ってたじゃねぇか。もしかして高戸はそれより前にわかるのか?」

「まあな。そういう打ち方があるんだよ」

「どういった理屈なんだよ」

「森川、お前は一つ勘違してる。光ったから当たるんじゃない。当たっているから光るんだ」

「は? なんだよそれ。意味わからねぇ」

 俺の禅問答みたいな言葉に森川は不機嫌そうに顔を歪める。まあこれだけだったら確かに何を言ってるのかわからないのも無理はない。とはいえ森川の顔をよく観察してみれば、自分から聞いてきたくせに大して興味がなさそうだった。だから俺も「大した意味なんてねーよ。一種の魅せプだよ魅せプ」と言うと、途端に興味が失せたようで「そうか」で終わった。

 当たり前の話だが、通常時に7図柄は揃うことはない。そこそこの動体視力がありゃ目押しは出来る。それこそハピラン光ってりゃジジイでも7図柄を揃えることは出来る以上誰だって可能だ。にも拘わらず通常時では幾ら狙っても揃わない。理由はシンプルで、電子制御で滑るからだ。最後のストップボタンを押してから最大四つ分図柄が滑る。だから通常時じゃ絶対に揃わないし、ジジイでも目押しで7図柄を揃えることが出来るってのはそういう理屈だ。

 実はレバーを押した時点で揃う図柄が決まっている。スロット内部で当たりが確定していて、その上で打ってる奴が7図柄を揃えられなかった時にハピランが光るのだ。そしてパチプロ共の研究で、光る前に判断する方法が確立された。それが左の上段、右の中段にピエロが止まった時。まあそれがわかった所で大したメリットはない。せいぜい光った後の7図柄揃える時に使うコイン一枚分得するかしないかだけだ。パチプロに言わせりゃ長期的にみればその一枚は重要らしいが、変に気を使いながら打つ面倒さ考えりゃ左程気にすることでもない。つまり森川に言ったように魅せプ以上の意味はない。

 そうこうしている内にようやくお目当てのラーメン屋についた。「ここだよここ」とテンション高めの森川とは裏腹に、若干げんなりする。森川おすすめのラーメン屋は横浜の家系で、がっつり濃いめはあまり今の気分じゃない。とはいえグチグチ言って店を変えるほどじゃない。大人しく森川の後に続いていく。

 店の中に入って食券機に千円札二枚入れる。これだけありゃ森川の注文くらいは足りるだろう。

「ほら。好きなモン頼めよ」

「悪いな。それじゃ遠慮なく」

 そう言って一番高いチャーシュー麵を容赦なく頼んでいる辺り森川はイイ性格してる。まあ奢るって言ってる以上変に遠慮されるより、高くても好きなモン頼んでくれた方が気持ちがいい。あ、てめコイツ餃子まで頼みやがった。よく考えりゃ森川の場合奢りたくて奢るんじゃなくて必要経費として奢ってる。そりゃムカつくわ。

 財布からもう一枚千円札取り出し食券を買う。普通のラーメン。店員に食券を渡し、ついでに味の好みを聞かれたから全部普通で答えた。初めて行く店で味を弄るのはまだ早い。味を見極め、その上で自分好みにカスタマイズしていくのがベターというもの。今日は無難にこれでいい。

 二人並んでカウンター席に座る。流石の森川も多少は気を使うらしい。カウンターに置かれたコップに冷茶を入れると渡してきた。

「お、悪いな」

 一言礼を言うとコップに口を付ける。それなりに歩いたせいで喉が渇いていた。少し緑茶の味が薄いが代わりにすっきり爽やかで実にうまい。それにしてもピッチャーの中身は冷水じゃなくて冷茶か。意外にこだわってるなこの店。

「高戸さあ。あの女、久留主佳蘭ヤバくね」

「どういう意味でだよ」

「いや、ちょーっと軽ーく飯に誘ったんだよ。そしたら顔ひっぱ叩かれた」

 さらりと言われた森川の言葉に思わず噴き出した。なーる。雑なナンパして思いっきりビンタ食らったと。いや佳蘭の話聞いてたら、意外に男慣れしてないようだから理解は出来るがさーすがにやる。まだ森川と知り合って短いが、こいつは確実にキレるタイプ。絶対その後部室の中悲惨だったろうな。

「マジヤバくね? ビンタだぜビンタ。ありえねーだろ」

「よかったじゃねぇかご褒美だご褒美」

「ドMじゃねーから嬉しくねーよ!」

 いやあ笑った笑った。さっきの幽霊を見たよりよっぽど笑い話だ。注文待ってる間の軽めの雑談としちゃ丁度いい。

 店員がお待たせしましたと注文したラーメンを持ってきた。ドロリとした豚骨醤油のスプとどっしりとした太麺。チャーシュー二枚と煮卵がトッピングとして乗ってる。個人的には立てた襟のように盛り付けられた四枚の海苔がかなりの高評価。その気はなかったが、少しだけ期待できる。

 むしゃむしゃと横でチャーシュー貪ってる森川尻目にラーメンに箸をつける。ずしりと重さを感じる太麺、それに海苔を絡めて口に入れる。太麺だからこその小麦の力強さとそれに負けないスープ味の濃さ。これだけでも充分にウマいのだが、そこに海苔の風味とうま味が加わり味に更なる奥深さが生まれる。あーうま。家系にあまり乗り気じゃなかったが、無理矢理黙らされた。。

 ふと視線を感じ隣を見ると、森川が興味深そうにじーっと俺を見つめていた。そのままおもむろに森川は、俺の真似して海苔と一緒に麺を口に突っ込んだ。驚き目を見開く森川に俺も思わずニヤける。

「うまっ。え、マジでうまいなこの食い方」

「だろ? チャーシューや煮卵は確かにトッピングの華だ。けどよ。食い方次第じゃ海苔だって馬鹿にできねーんだよ」

 例えば俺の好きな九州の博多とんこつの紅ショウガなんかもその類いだ。まろやかな乳白色のとんこつスープに紅ショウガの風味が加わって格別なものに変わる。トッピングや食い方次第で味が変わるのもラーメンの魅力だ。

「いや高戸って色々詳しいんだな。ラーメンもそうだけど、さっきのスロットとかよ」

「スロに関しちゃ年季が違え」

 餃子をつまみながら森川がしみじみと口にしたその言葉、スロだけはガチで年季が違う。それこそ物心ついた頃、クソ親父にパチ屋に連れてこられたのが始まりだから相当だ。

 勿論パチ屋に行けるのは大人だけだ。それは今も昔も変わらない。ただあの頃は時代が緩かった。ちょうど子供の車内放置が問題になってた時というのもある。他にも場所が地元の寂れた店で、クソ親父がそこの常連だったというのも関係していたのかもしれない。まあ理由はなんだっていい。ただ事実なのはクソ親父が幼児だった頃の俺を膝に乗せてパチンコスロットを回していたってことと、俺がその楽しさを知るのが普通の奴より遥かに早かったということだ。

「なあ今度スロ教えてくれよ」

「いいぜ。だがタダってわけにはいかないな」

 俺の言葉に森川は「へぇ」と悪い笑みを浮かべる。その言葉を引き出すために色々布石を打ってきた。ここまで俺の狙い通りの展開だ。底意地の悪い笑みを浮かべたいのははむしろ俺の方。とはいえそこはポーカーフェイスで森川の言葉を待つ。

「イイ儲け話があんだよ。高戸も乗らないか?」

「へぇ。なんだよそれ」

 いかにも興味ありますといった言葉と共に、俺も森川と同じ笑みを浮かべる。十中八九この儲け話は麻薬に関することだ。ここまでの狙い通り過ぎる展開と、ようやく尻尾を捕まえることが出来た興奮で、俺の演技は自然なものになってるはずだ。ようやく魚が餌に食いつきやがった。あとはバラさないよう引き上げるだけ。

「後で、な。そろそろ出ようぜ」

 そう言うと森川すっと立ち上がる。まあ確かにこういうラーメン屋は客の回転数が命だ。長居出来るような所じゃねぇし、もう少し突っ込みたいが森川の言う通り出た方がいいだろう。残った冷茶をグイッと飲み干すと森川の後ろについて外に出る。

 ラーメン屋の外にポツンと置かれた灰皿で森川と一緒に煙草を吸う。口の中に残る家系独特の濃厚な油を煙草のメンソールで押し流す。あー食後の一服は最高だ。それがラーメン食った後ならなおさら。

「で、森川。この後どうするんだ? この後も打つっていうなら付き合うぜ。ウマい話とやらも気になるしな」

「あーわり。この後用事あんだわ。明日パチ行こうぜ。そん時に話すわ」

 森川のヤロウ意外に手強い。勘付いてとかじゃなく単に噛み合わなかっただけとかってオチだろう。ここまで狙い通りだったからこそもどかしさを感じる。魚は食いついた。だが食いつき方がまだ甘い。

「わかった、明日な。オカルトサークルの部室で合流して、そこから行こうぜ」

 だから俺は、一つ罠を仕掛けることにした。

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