獄宙に囚われる 4
ワンチャンありそうな台見つけて座るとメダルを投入した。そのままレバーオン、ドゥルンという音とともにスロットが回る。まずは一回転目、子役リプレイなし。まあこんなもんだろう。背後に森川の気配。興味深そうに俺の様子を覗いている。
二回転目、ここで魅せプに走ることにした。左リールのストップボタンを押す。上段にピエロ。僅かに右手が震える。そのまま中央ではなく右リールを止める。右リールの中段にピエロが止まったことを確認すると、下皿に飲みかけのジャスミン茶のペットを突っ込み立ち上がる。
「お、おい。まだ回ってるぞ」
森川からしてみたら奇行に感じたのだろう。そんな動揺する森川の声を無視して煙草を取り出す。
「どうせ勝手に止まるからいいだろ。それより一本付き合えよ」
言うが早いか森川を置いていくように喫煙ルームへ向かって歩きだす。どうせ付いてくるだろうという俺の予測通り森川は「ま、待てよ」と慌てて付いてきた。
店の片隅に取って付けたようにポツンと設置された喫煙ルーム。ガラス張りで外から丸見えのそこは、ぶっちゃければそう好きじゃなかった。とはいえ外で吸う気分じゃねぇし、まあ苦渋の選択ってやつだ。
トントンと軽く叩いて一本取り出し火を着ける。まさに至福の一口たまらねぇ。そのまま壁に寄り掛かり煙草を楽しんでいると、少し遅れて森川がやってきた。
「お前コーヒーはいけっか?」
「へぇ。気が利くじゃん。ありがとよ」
差し出された微糖の缶コーヒーを受け取りプシュッと開ける。あー最高実に気分がいい。森川も俺の隣で同じように寄り掛かると電子タバコを取り出しセットする。
「まあさっきも言ったがアンタにゃ借りがあるしな」
「サイコーだったろ? バレファン」
「マージ神。三千円くらい突っ込んだところで一気に爆発してよ。めっちゃ楽しかったわ」
「ちなみにボーナス消化してどれぐらい回したよ?」
「あん? ソッコーやめたが」
「勿体ねぇ。そっから百五十も回せばもう一発爆発したのによ」
「マジか⁉ カーッやらかしたわ」
悔しくて地団駄踏む森川をニヤニヤ肴にしながら煙草を吸う。初日の自己紹介でのことを考えればかなり打ち解けつつある。あの日の布石が正しく機能したことに内心ガッツポーズした。
「にしてもお前にオカルトサークルってイメージねぇよ。どうして入ったんだ?」
「高戸こそどうしてウチのサークル来たんだよ。ガラじゃねーだろ」
「あのオンナの付き添いだよ。ガチ面倒で仕方ねぇ」
「あいつと付き合ってるってわけでもねぇんだろ。マジお疲れさん」
わざとらしくげんなりした表情で煙を吐き出すと同情の声を掛けられた。恨みすら籠ってそうな苦々しい表情で、森川が佳蘭のことをどう思っているのか察することが出来る。
「で、お前の方はどうなんだよ森川。まだ答えてねーぞ」
「チッ。誤魔化せねーか。笑うなよ。昔、ホント小さな頃に幽霊見たことあんだよ。あれがなんだったのか、調べてみようと思ってな」
「ふーん」
「……。笑わねーんだな」
「今の話のどこに笑える要素あんだよ」
俺自身オカルト的なものは結構信じてる方だ。なにより今俺たちは「月光」という怪異を追っている。たかが昔幽霊見ましたなんぞ笑い話にすらならねぇ。
「まあそれもソッコーでどうでもよくなって、今じゃ行くのかったるいだけだがな」
「それに聞いたぜ。ツレ、死んだんだろ? 猶更行きたくないわな」
俺としてはジャブのつもりだった。軽い牽制を入れて様子を見る。その程度。だが森川の反応は顕著だった。
目をかっぴらき、口から煙が僅かに漏れる。顔面は痙攣したように強張った。けれどもそれは一瞬で、森川はすぐに空いた手で顔を覆うと悲しむ様に俯く。
わかってる。森川のいかにも辛いですといったこの態度は単なるポーズ。つまり演技に過ぎない。本心は一瞬の動揺の方だ。確信した。森川は鉄平の死に関わっている。それもかなり深い所で。
貰った缶コーヒーを呷るように一気に飲み干すと、短くなった煙草を備え付けの灰皿へ投げ入れる。灰皿の中の水と煙草の火が触れ、ジュッという音がした。俺はなにも気がついてないように軽く微笑むと森川の肩をポンポンと叩く。
「悪かったな。そろそろ戻ろうぜ」
「あ、ああ」
そのまま森川を連れて喫煙ルームを出る。まだだ。まだ早い。ここで下手に追及しようもんなら逃げられる。釣りと一緒だ。今は餌に興味を示しただけ。仕留めるのは確実に食いついてからだ。
回しっぱなしで離れた台へと戻る。当然の話だが時間経過で最後の中央リールは止まっていた。そして光り輝く台中央のハッピーランプ。
「は? え、あ?」
意味がわからないと馬鹿みたいにポカンと口を開け、森川はスロット台と俺の顔を交互に見てくる。まだ回ってる台放置してどっか行って戻って来たら当たっていた。まあ森川からすりゃ意味がわからないだろう。森川のその反応は予想通りとはいえ実に気分がいい。
俺は軽くドヤ顔かましながら台に座り、確保のために下皿に突っ込んだペットボトルを回収する。残っていた貯メダルで7図柄を目押し。見事ビックボーナス引き当てジャンジャカ派手なファンファーレとともにボーナスゲームが始まった。
どんなにクソみたいな設定でも当たる時は当たる。俺が掴んだこの当たりはそういったタイプのもの。おそらく連チャンはない。単発で終わると予想し、ボーナスゲームが終わると速攻でメダルを払い出し席を立つ。
「続き、打たないのか?」
「まあ打つのがセオリーだな。ただ俺は連チャンはないと読んだ。打ちたいなら譲るぜ?」
「やめとく。高戸がそういうなら連チャンはしないんだろう」
森川の言葉に内心ほくそ笑む。二回の布石による効果で、森川の中での俺の評価がイイ感じに定まってきている。おそらくパチスロに関しては俺の言葉を素直に聞くだろう。あとはここから伸ばし、広げていくだけ。
当たったコインをドル箱に入れて精算した後、カウンターに持って行き景品と変える。最後に換金所に行って景品を金にすれば終了だ。今日の収支はなんだかんだでプラス。ラストのビックが大分デカかった。
俺の後に続いて森川も換金所からホクホクした顔で出てきた。さっきカウンターでちらりと見たが、森川の奴それなりの額勝っていたから気分がいいのだろう。口も滑りやすくなっているはず。この機を逃したくはない。
「森川さあ。この辺にウマいラーメン屋ないか? 折角だし奢るぜ」
「お! マジか。ちょっと歩くがいいとこあるぜ」
自分より勝ってる奴に奢ってやるのは業腹だが仕方ない。確信がある以上、もう一歩踏み込む必要がある。それにしても自分の方が勝ってるっていうのに、奢って貰えることに喜んでる森川にむかっ腹が立ってきた。だがこれも必要経費と割り切り、適当にヘラヘラしてイラつきを隠す。そんな俺の内心に気付くことなく森川は付いて来いよと歩き出した。
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