獄宙に囚われる 3
*
四日目の昼、俺は全てを無視してパチ屋に来ていた。もう残り時間は今日と明日しかない。本来ならオカルトサークルへ行き、佳蘭と一緒にメンバーの情報を集めるべきだろう。わかっている。わかっているがどうしても行くことが出来ない。逃げるように朝イチからパチ屋へと向かっていた。
当たる気配のないスロット台にイライラが止まらない。思わず台パンしそうになり、慌てて右手を引っ込めた。この負けは予想出来ていたことだ。そもそもがこんなメンタル状態でまともに台なんぞ見れるわけがない。頼りになるのは自分の運だけ。まあ勝てるわけがない。
流石に四日目ともなれば軍資金も心許なくなってきている。ここで低レートの五スロを選択した辺りまだ俺の理性は残ってはいた。ただ五スロといえど開店から同時にブン回し続けていりゃそれなりに消耗する。まだレッドゾーンまでには余裕があるが、それも時間の問題だろう。
「なーにやってんだか」
俺の呟きはジャンジャン五月蠅い店内の騒音に掻き消されて誰の耳にも届かない。下皿のコインを掴み台へと投入し、流れるようにレバーオン。特に何もない通常演出を最後まで確認することなくストップボタンを三連打。ただただ回転数だけが積み上がっていく。
ぐちゃぐちゃ煮え切らない心をギャンブルの興奮と苛立ちで染め上げていく。言っちまえば蚊に刺された箇所を指でつねる様なものだ。くだらない。
もう残り少なくなってきた下皿のコインを全部台へと投入する。繰り返される単純動作。これといって期待させる演出も来ない虚無の時間だけが訪れる。だからだろう。不意に鉄平の「おれは高戸のプライドの高さだけは信用している」という言葉が脳内に流れる。
スロットを打つ手が一瞬止まる。そうだよ俺は一体なに忘れてんだよ。確かに鉄平とは本だけの繋がりしかなかった。大した思い出もない。それでもそこには繋がりがあった。
鉄平のモットー「やるならバレるなバレたら責任取れ」それの本質は先を想定しているということだ。なにか行動を起こすからその先に責任が生まれる。行動の前に責任は発生しない。あいつは、鉄平はその先を考えられる奴だった。形はどうあれ麻薬なんて犯罪に手を出せばどうなるのかなんて理解出来ないわけがない。
ガキの頃から考えりゃ俺も随分と変わった。それは鉄平も同じだろう。それでも変わらないものがある。あいつが俺のプライドを信じていたように、俺も鉄平を信じている。この事件には何かしら裏がある。それは調査を進めていくことでしか、明らかにすることは出来ない。
気が付けば台に投入していたコインはなくなっていた。思わず苦笑いが零れ出る。まったくなんで覚悟決めた場所がパチ屋なんだよ。もっと他にいい場所があっただろうが。
覚悟は出来た。気合いを入れるように頬をバチンと叩くと台から立ち上がる。まずは減った軍資金の回収しにもう一勝負。その後はオカルトサークルへ行く。
ここで真っ直ぐオカルトサークルへ向かわない辺りクズ極まっている。とはいえ鉄平も俺をクズだと言っていたじゃないか。実に俺らしいムーブだ。
自販機でお気に入りのジャスミン茶のペットボトルを買うとハッピーピエロのコーナーへと足を運ぶ。冷静さを取り戻した俺に隙は無い。これだと思った台へと座り、千円ブッコむ。子役リプレイと何もなし。そこそこ回して遂に来た。ティキンと台中央のハピランが光る。三枚ベットから一枚へと変えてレバーオン。スリーセブンでビッグボーナス確定思わずにやける。
このハッピーピエロという機種に液晶はなく、あるのは中央のハッピーランプのみ。つまり一切の演出がなく、このハピランが光れば当たりというシンプルさ。ただこのシンプルさってやつには厄介な一面もある。演出がないせいでいつ当たりが来るのか素人目には全くわからないのだ。だからあと千円突っ込めば当たったのに、それがわからず台を捨てちまう。俺が座ったのもそういう台だ。
ボーナスゲームを消化し、連チャン目指して回していく。結局もう一発ビックとレギュラー二回で終了。ギャンブルってやつはやめ時が肝心だ。これ以上回してもしばらく当たりはこないと判断し台から立ち上がる。そこそこ溜まったドル箱持って計数機の前に立ち、店員が来るのを待つ。
「お」
「あ」
見知った顔が俺の後ろに並び思わず声が出た。森川がカチ盛りにしたドル箱二つ抱えている。今の今まですっかり忘れていた。そういえば少し前に布石を打っていたんだったと。同時に出会った時の森川の顔で、賭けに勝ったことを理解した。
「よぉ! この前ありがとな! あの後お前に言われた台打ったら爆発してよぉ。負け分全額取り返せたわ。ええっと……」
「高戸でいいぜ。やっぱあの台爆発したか」
店員がやって来て俺と森川の会話は中断される。ドル箱を店員に渡すと「余りはどうされますか」と聞いてきた。へぇこの店は聞いてくるんだなと思いながら身振りでこっちに寄越すよう伝える。店員がジャラジャラと計数機にメダルを投入していくのを、渡されたおしぼりで手を拭きながら眺め続ける。最後に余りを調整され残ったコインとレシートを受け取る。すっと次の森川に譲りながらレシートの中身を確認する。換金率を考慮に入れて今日のトータル収支は微マイナスといったところか。
「この余りメダルって貰っちまうけど、ぶっちゃけ意味ねぇよな。どうせなにも起こらないし」
同じくコインをレシートに変えた森川が、つまらなそうに俺に話しかけてきた。まあ森川の言いたいこともわからんでもない。
全てのコインが景品と交換されるわけじゃない。どうしても端の分がでてしまう。まあカウンターに持っていけば、その分お菓子と交換して貰えるのだが、まあぶっちゃけいらない時の方が多い。会員カード持ってりゃそっちに貯めるのが一番良いが、持ってない奴は俺らみたいに余りメダルを貰う方が多い。とはいえ所詮金にならない余りメダルだ。たった数枚しかない。確かにこの数枚でなにか起こるなんてことはないだろう。普通に考えたらな。
「なあ。その余りメダル。いらないんだったら俺にくれよ」
「ん? 別にいいぜ。アンタにゃ借りもあるしな」
ほらよと手渡されたメダルを受け取り合計枚数は十枚を超えた。回転数にして四回ほど。まあ不可能ってわけじゃない。
メダル握りしめハッピーピエロコーナーへと戻る。そんな俺を興味深そうな目で見ながら森川は付いてきた。まあこれからのことを考えると森川がついて来てくれないと困る。
台の設定をガン無視してピーキーな台を選ぶ。こんな状況で当てようと思ったらそれこそセオリーガン無視しての一点突破しかない。
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