ダイダロスは覗けない 12 了

 店員が注文した料理を運んできた。ハンバーグの匂いが俺の食欲のスイッチを連打してくる。桃生へと視線を向けると目が合った。

「食べましょうか」

「そうだな」

 桃生の方も腹が減ってたんだろう。その提案を俺も受け入れることにした。

 鉄板の上のハンバーグにナイフを入れていく。少し大きめの一口大に切り分けたそれを口の中に放り込む。ファミレスらしく安っぽい肉だが、デミグラスソースがそれを誤魔化している。まあコスパ優先の値段でこれなら悪くないだろう。

 ちらりと桃生の顔を覗き見れば、実に旨そうにカルボナーラを頬張っている。別に見た所大したことのないカルボナーラだが、ああも旨そうに食ってりゃ冷凍食品だろうが作った方も嬉しいだろう。それに一緒に食ってる俺も気分がいい。

 大した時間もかからず二人して飯を食い終わった。桃生はコーラで、俺は野菜ジュースから無糖のアイスティーに変えて一息つく。俺と桃生との空間に微かな緊張感が生まれている。わかってる。場の雰囲気的に飯が来る前に話していたことの続きだ。主導権を握られたくはない。先手を打つことにした

「腹の探り合いなんざ面倒なだけだろ? なんだ? 話してみろよ」

「そう、ですね。ぼくじゃどう足掻いても切り崩せそうにないですし、ぶっちゃけますね。和也センパイ、研究資料のためにウチのサークルに来たっていうの、嘘でしょ?」

「へぇ。どうしてそう思ったんだ?」

 探りを入れてきた時から、俺の嘘がバレているっていうことくらい想定はしていた。あくまで自然体で、なんでもないことのように聞き返す。

 現段階で最も怪しいのはオカルトサークルであり、桃生緋沙子はそこのメンバーだ。油断なんぞ出来るわけがない。

「初日の時点でちょっと違和感あったんですよね。OBの先輩たちが集めた資料が目的ってわりに、センパイ本棚にあまり意識を向けてなかったし。それに後から聞いたんですけど、初日もすぐにどっか行っちゃったっていうし、昨日なんて一度も顔を見せなかったじゃないですか。普通怒って当然なのに、久留主先輩はそのことに一言も文句なかったのもおかしいです。これって和也センパイだけ別の目的があるって考えた方が自然なんですよね」

 この女、俺のクズムーブに騙されずよく見てやがる。とはいえ佳蘭までもがグルだってことまでは見切れてはいないようだ。ここまでくると、下手な誤魔化しは悪手だろう。どこまでオープンにして何を隠すべきか。もう一手様子を見るのがベストだろう。

「ほう。で、肝心の俺の目的って奴にあてはついてるのか? ぶっちゃけ安くない金かけて、ここまでの時間と面倒をかけるだけの目的って奴をよ」

「有馬、鉄平さん」

 核心を突かれ、思わず肩が跳ね上がる。まさかそこまでバレているとは思わなかった。様子見の一手を打ってなかったら、言わんでいいことまで口走ってたかもしれない。

「自殺した有馬先輩のお友達、それが和也センパイ。その目的は有馬先輩の自殺の原因を探るため。どうです? あってます?」

「あってる、大正解。驚いちまったよガチで」

 隠すことなく素直に白状する。どっちにしろさっきの俺のリアクションでモロバレだ。下手な抵抗する方がダサい。それにしてもこの女がまさかここまで洞察力が高いとは思わなかった。完全に想定外にもほどがある。

「なーんて。ぼく文学部なんですよね。堀内先輩が言ってたんですよ。有馬先輩の友達が来ているから、会ったら色々話してやってくれって」

「なんだよ。イカサマしてたのか」

 堀内って奴は初日に喫煙所で会った鉄平の同級生のことだろう。あの時互いに名乗らなかったがおそらくそうだ。

桃生の奴、随分と回りくどいことしやがって。地味にイラっときてはいるが、これで色々納得できた。堀内の話から逆算して俺に辿り着いたのだろう。道理で佳蘭にまでは辿り着いてないわけだ。

「で、その桃生緋沙子さんは俺に何を話してくれるんだ? つーかお前と鉄平はどんな関係だったんだよ」

「ぼくは、有馬先輩の彼女でした」

「へぇ……」

 その答えは予想外で、だが納得出来るものだった。大学生ともなりゃ彼女の一人二人出来たっておかしな話じゃない。まじまじと桃生の顔を見つめる。愛嬌があってかなり可愛い顔立ち。さっきの飯食ってる感じから見て性格的にも悪くない。鉄平め、良いオンナ捕まえたじゃねぇか。

「ぼく、本が好きで……。有馬先輩とその辺で話が合って、スキになったんです。本だけじゃなくて、ボイチャ繋いで一緒にゲームなんかもやってました」

「なんのゲームやってたんだ?」

「ハンティングドラゴンズです。知ってます?」

「知ってるよ……」

 俺が中学の頃ハマっていたゲームじゃねぇか。有名な狩りゲーで、何作も続編を出している。流石にもう買ってはなかったが、そういえば数か月前に最新タイトル発売したっていうのをどこかで見た気がする。二人がやっていたのはそれだろう。

「ゴメンなさい。見栄張ってちょっとウソ、つきました。ぼくが一方的にスキだっただけで、別に付き合ってたわけじゃないです」

「オイッ!」

「ゴメンなさい! でもそれ以外はホントです……」

 申し訳なさそうに縮こまっている桃生を見て、キレてる俺も流石にこれ以上は突っ込めない。気分を入れ替えるように大きく息を吐いた。

「あのぅ……」

「なんだよ」

 さっきのこともあって俺の声に怒りが滲んでいる。それもあってか桃生はもじもじと上目遣いで見つめてきていた。

「よければぼくと、連絡先交換しませんか?」

「は?」

「本当にイヤだったら、別にいい、ですケド……」

 桃生の言葉は流石に想定外だった。どうするか少し考える。元々オカルトサークルメンバー含めて、この調査で知り合った奴と深い繋がりをもつつもりはなかった。さてどうするか。

「まあ別にいいぜ」

「やった! ありがとうございます」

 さっきと打って変わってニコニコ嬉しそうな顔で桃生はスマホを取り出す。俺もそれに合わせてスマホを取り出し連絡先を交換した。

「ありがとう、ございます。時々連絡していいですか?」

「暇だったらな」

 改めて桃生の顔を見ると、微かだが目に涙が滲んでいた。付き合っているっていうのは嘘だったが、桃生の言葉を信じるならコイツは鉄平のことが好きだったらしい。俺に連絡先を聞いてきたのは、鉄平のことについて話したいからだろう。桃生からしてみれば好きな奴がいきなり自殺してるんだ。理解はする。

 目元の涙を袖で拭いながら桃生は軽くスマホを操作する。そしていつになく真剣な目で俺を見てきた。場の空気が、変わりつつある。

「なんで有馬先輩が自殺したのか、ぼくにはわかりません。悔しいです本当に。なんであんなことになっちゃったのか、ぼくには調べきれませんでした」

 ピロンと俺のスマホにメッセージが届いた。送ってきたのは目の前の桃生からだ。どこかファミレスの、小さくないはずの喧騒が遠のいていく。飲み込むことすら忘れ、知らず知らずの内に口の中に唾液が溜まる。恐る恐るそのメッセージを開いた。

「それとどこまで関係があったのかわかりません。なんでそれに関わるようになったのかも知りません。ただぼくは、ぼくは有馬先輩のことが本当にスキでした。だからこそ気が付いたことです」

 メッセージはたった二文字だけ。だがそれは俺の思考全てを白く塗り潰すには充分すぎた。


 麻薬


 俺は鉄平が煙草を吸っていることも知らなかった。パチンコやってるのも知らなかった。俺の知っているアイツからは想像すら出来なかった。それでも嫌悪感と共に受け入れることは出来た。だがこれは、桃生からのこれはガチの犯罪。受け入れることなんて出来やしない。拒絶しようとして、目の前の桃生の表情がそれを否定する。

 初めに佳蘭からこの調査のことを聞かされた時、確かに俺は興奮した。高戸和也と有馬鉄平との間にあった空白を埋めることが出来るかもしれない。生きていた頃は友情とすら思っていなくて、失ってから初めてかけがえのない親友ともだと自覚出来た。もっとアイツを詳しく知るべきだったという後悔に、一つの折り合いをつけるためのものでもあった。

 今この瞬間に理解出来た。これはそんな軽いものじゃなかったのだと。この調査を例えるなら地球からロケットで飛び立つようなものだったのだ。俺は気が付かない内に地球を飛び出し、暗い宇宙を突き進み、遂に月の裏側ダイダロスを覗き見ることが出来た。


 まるで想像すら出来なかった有馬鉄平の裏の顔ダイダロス。その一部を確かに俺は覗き見ている。

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