ダイダロスは覗けない 11
桃生に案内されたファミレスは、俺も何度か行ったことのある全国チェーン店だった。一品辺りの単価は低めに設定されているのに味も悪くない。学生も気軽に利用でき、なんなら社会人だって簡単な話し合いで利用することもある。まさに俺たちにぴったりのチョイスだった。
昼時で店内はそれなりに盛況だ。昼休憩中のリーマンに、ダンナの愚痴をいい合ってる主婦たち。それと講義終わりで駄弁りに来たんだろう暇人大学生。とはいえ平日の真昼間だ。家族連れがいない分待つことなくあっさり席へと案内された。
四人掛けのボックス席に桃生と向い合せにして座る。心理学的には対立席というらしい。昔遊んだ女がそんなことを言っていたのを思い出した。まあこの状況じゃあ対立席だろうがなんだろうが互いの顔が見えた方がいい。
「ハイどうぞ」
「お、悪いな」
桃生に渡されたメニューを開く。ぶっちゃけファミレスの飯なんぞ大当たりはない代わりにハズレがないもんだ。どれ選んでもそこそこ美味い以上気分で決めればいい。ざーっとメニューを見て無難どころに決めた。
「俺は決まったぜ。桃生は?」
「あ、ぼくも大丈夫! 頼んじゃいましょうか」
へぇ。こういう時女は大抵優柔不断で中々決まらないイメージだったが、あっさり決めたな。まあこれは俺が付き合ってきた女での印象でしかないし、考えてみれば佳蘭の奴もソッコーで決めそうなタイプではあった。所詮は俺の持ってる女に対するイメージだ。あてにならない。
呼び出しボタンを押すとすぐに店員が来た。桃生がカルボナーラで俺はハンバーグ。それと二人してドリンクバーを頼んだ。
「あ、ドリンクバー持ってきますね。和也センパイはなんにします?」
「お、悪いな。野菜ジュースで頼むわ」
「はーい。ちょっとまってくださいねー」
桃生が席を立ち、ドリンクバーコーナーへと歩いていく。荷物番として待機しているのはまあよくある展開だ。勿論わかっている。これからのことを考えて気合いを入れ直す。
「おまたせしましたー。ハイ野菜ジュース」
「サンキュ」
「いえいえー」
桃生からグラス受け取り一口含む。人参をベースにしてはあるが、健康志向の野菜ジュースと違ってファミリー層向けに調整された甘いジュース。まあ炭酸の気分じゃねーし、これはこれでウマい。
「和也センパイって、久留主先輩と付き合ってるんですか?」
「別にそんなんじゃねーよ。見りゃわかるだろ?」
「ですよねー。なんか二人を見ててもそんな感じしないですし」
だったらなんで聞いたんだよと心の中でツッコミをいれる。まあ女なんて恋バナ好きだし、ワンチャン愉快な話でも聞けるかもしれないとでも思ったのだろう。生憎お前の肴になってやるつもりはねーよ。
なにがそんなに楽しいのか桃生はニコニコ顔でコーラをこくりこくりと飲んでいる。だが俺は見逃さなかった。楽し気な笑顔を浮かべながら、瞳の奥は探るように俺を観察していることに。
「和也センパイって文化人類史を専攻してるんですよね?」
「そうだが」
「なんでその学部選んだんですか?」
ほら来た。間違いなくこの質問は俺を揺さぶるためのものだ。自然な動作で野菜ジュースを口元に運び一瞬の思考時間を作り出す。
「別に。適当に願書を送ったらたまたまそこに受かっただけだ」
「え? でもお二人が行ってる大学って結構偏差値高いですよね。そんな感じで受かったんですか?」
「知らねーよ。自分がなんで受かったかなんて。それこそ担当者にでも聞けよ」
自己紹介の時に佳蘭が語った俺たちの設定。完全に口からでまかせだが、それを守った方がいいだろう。客観的に見た自分のキャラを利用して誤魔化し切る算段だ。
「あ、あれ? 和也センパイって意外と勉強、出来るんです?」
「なに。俺を馬鹿にしてんの?」
「ご、ごめんなさい。そ、そんなつもりないです」
ジロリと桃生を睨みつけると、シュンと小さくなった。流石にイラっとくるが、ぶっちゃけそこまでキレてるわけじゃない。自分のキャラくらいある程度理解はしている。俺みたいなのが勉強できるようには見えないのはわかっちゃいた。だがそれとこれとは別の話だ。適度に圧かけて牽制する。
「そういえばちょっと聞きたいんですけど」
「なんだ」
「文化人類学と民俗学との違いってなんですか?」
どうやら桃生は思っていたよりツラの皮が厚かったらしい。俺の牽制なんぞなんのその。もう一度揺さぶりを仕掛けてきた。とはいえ俺の答えなんて決まっている。
「知るかそんなモン。そういうのは俺じゃなくて佳蘭にでも聞けよ」
「あ、あるぇー?」
俺の反応が予想していたものと違っていたせいか、桃生はなっさけない声を上げ首を傾げる。口ぶりから察するに文化人類学とやらと民俗学ってのは似たような学問なんだろう。マジメな奴なら一瞬詰まってボロ出したかもしれないが、今の俺は無敵モードだ。議論もそうだが、互いにリングの上に立って初めて勝負が成り立つ。俺が戦いのリングに上がろうとしなければそもそも勝負にすらならない。
そしてこの三日間での俺のムーブは誰が見ても不真面目そのものだった。煙草吸ってくると言って戻らねぇし、二日目の時じゃあ顔を出すことすらしなかった。俺の「知らない」という答えは不自然なものじゃない。
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