ダイダロスは覗けない 10

 俺はというとさっきの続きを読もうと目で文字を追ってはいるが、まるで頭に入って来ない。ガチで集中力が切れちまっている。これ以上読んでも無駄だろう。本を閉じ席を立つ。

「どうしたの高戸?」

「ちょっちニコチン補給してくるわ」

「いってらっしゃい」

 ひらひら手を振って部室から出る。どうせすぐにゃ鉄平の話題なんて出ないだろう。仮に出たって佳蘭がいる。夜の報告会で聞けばいい。

 誰もいない喫煙所で煙草を吹かす。一口目の一瞬だけ香るオイルライターの甘みと葉の苦味、それとメンソールの爽やかさ。紫煙と共に色々な感情を吐き出す。

 意外だった。森川と仲良かったのもそうだが、鉄平がパチンコやっていたことがガチで意外だった。あいつそういうの嫌いそうだったのに。

 この調査が最終的にどうなるのかはまだわからない。「月光」を別の街で買ったのかもしれない。可能性としちゃ低いがネットで手に入れた可能性だってある。あるいは本当に、誰かが悪意を持って鉄平に「月光」を渡したのかもしれない。仮にそうだとして、その犯人を見つけ出せるかもわからない。それでも俺はこの調査を無駄とは思わない。

 鉄平とは数年会っていなかった。今回のことで変わっていなかったところも、変わっちまったところも知ることが出来た。鉄平との間にある空白を埋めるためには必要なことだったと思っている。

「和也センパイで、あってます?」

 考え事をしていたせいか目の前に人が立っていることに気が付かなかった。流石にボケッとしすぎだしっかりしろと心の中で気合いを入れ直す。

「合ってるよ。高戸和也だ。で、なにか用か? 桃生緋沙子」

 俺の言葉に桃生は嬉しそうにパァと顔を輝かせる。自己紹介なんざ初日のアレしかしていない以上俺の名前が曖昧だったのだろう。それはいい。煙草吸うような奴じゃなさそうだし、一体なんの用があって喫煙所なんて場所まで来てわざわざ俺に話しかけてきたんだろうか。

「よかったらぼくと一緒にごはん、どうです? せっかく会えたんだし仲良くなりたいなーって」

「そういやもうそんな時間か。佳蘭はどうしたよ?」

「久留主先輩は、断られちゃいました。竹中先輩も動画作りに忙しいって」

 しょんぼり落ち込む桃生に微かな違和感を覚える。佳蘭が断った? 一緒にランチなんざ交流を深めるには絶好の機会だってのに。部長である竹中の方がいいネタを仕入れられると判断したからか? 昨夜話してたハニトラ香水のこともあるし、それはあるかもしれんが妙に腑に落ちない。まあとはいえ……。

「別にいいぜ」

「やった!」

「つっても俺はこの辺の飯屋知らねーぞ」

「あ、ファミレスでいいです? そう遠くない所にあるんで」

「腹減ってるし、近けりゃ文句はねぇよ」

 それに一番重要なことは飯の味より桃生緋沙子だ。ドリンクバーもあるしファミレスっていう選択肢は悪くない。おまけにそこまで財布に厳しくないときたもんだ。

 短くなった煙草を灰皿へと投げ入れさっと立ち上がる。そして嬉しそうな桃生について歩き始めた。


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