ダイダロスは覗けない 9
*
午前中のまだ早い時間、オカルトサークルの部室には俺たちしかいなかった。部員は全員講義中だろう。ああもしかしたら森川だけはサボってるかもしれん。
佳蘭は本棚から本をさっと抜き取る。そのまま机に行き、黙々と読み始めた。おそらく昨日一昨日と同じようにしてきたのだろう。どこか定位置についたような、奇妙な安定感があった。
さて、俺はどうするか。部員がまだ一人も来ていないんじゃガチで意味がない。抜け出して煙草吸いに行くのもありっちゃありだが、なんとなく気が進まない。適当に椅子でも座ってソシャゲでもやるっていうのはもっとナシ。ハアと溜息を吐いて本棚へと向かった。ここは佳蘭に合わせるのが無難とみた。
スチールラックの本棚にはびっしりと書籍なり資料が並んでいた。初日の時にも思ったが、これだけの量があると嫌が応でも圧のようなものを感じる。「黒魔術大全」やら「ルーン文字の書き方」みたいな分厚い魔法系の解説本。悪魔召喚の儀式が書かれた本なんてまさにオカルトサークルだ。
他にも「恐怖の都市伝説」やら、「遂に発見伝説のUMA」みたいな安っぽいコンビニ誌もそこにある。なんとなくこれらは竹中や品野の物だろうなと思った。あいつらこういうの好きそうだし。UFOやら宇宙人についての書籍もあるが、一番多いのが各地の民間伝承や伝説の資料だった。
俺の住んでいた地元のものまであってガチでビビった。確かにこれなら佳蘭の言葉にも信憑性があっただろう。ガチで凄え。どれだけやる気あったんだよ、ここのOB。ヤバすぎだろ。
全盛期のオカルトサークルの凄さに慄きながらどれを読もうか考える。こうして見ると一口にオカルトといっても色々なタイプがあるもんだ。自己紹介の時に佳蘭が言った文化人類史というでまかせのこともある。都市伝説や未確認生物系じゃなくて、民間伝承とかそっち系の方がいいだろう。ぶっちゃけ興味の欠片もないから適当に一冊掴んで空いてる場所に腰掛けた。
手に取った本は古ぼけた青緑の紙表紙で、俺らが不満を漏らす大学教授の教科書のようだった。タイトルは「我が国の水との関わり 各地に伝わる伝説について」という薄っぺらい小冊子。なんでこんなつまらなさそうなの取っちまったかな。軽くげんなりしながらも、しゃあないかと仕方なく表紙を開く。
日本という国は水資源が豊富らしい。いまいち実感はなかったが、読み進めていくと確かにと納得できる。それなりに名の知れた河川もあるし、温泉っていった湯の文化もある。俺の地元にも小さな湧き水スポットがあったのを思い出した。
だからこそ日本には水が関係する伝説や昔話がそれなりに残されている。有名どころじゃあ日本神話の八岐大蛇伝説。確かあれはスサノオによる治水工事が元ネタだったはず。他にもある寺では願掛けに水場に願いを書いた紙を浮かべ、それが早く沈めば叶うといった話もあった。
それは東北地方に伝わる水に関しての伝説だった。山奥にある小さな洞窟。そこからこんこんと染み出る水は、飲むと様々な効能を発揮する霊水だった。視力を失った者を見えるようにさせ、不治の病をも治す。そして子宝の恵まれない人に子を授けたという。そんな霊験あらたかな水の出る洞窟は、明治に起こった大地震で崩れ落ち、失われてしまった。
まあ当然の結末っちゃ結末だ。そんな奇跡の水がありゃ誰だって飲みたいに決まっている。最後はその霊水は失われてしまったで、当然この本は締めくくられていた。
区切りのいいところまで読んで、本から目を離し天井へと視線を向ける。久しぶりにまともに読書というものをした気がする。少しの目の疲労とずしりとくる倦怠感。適度な達成感に思わず息を漏らした。
「お疲れ様。今日も早いね、久留主さん。それに高戸くんも今日は来ているんだね」
「おはようございます、竹中さん」
部員として一番乗りは部長らしく竹中だった。佳蘭は読んでいた資料から顔を上げ、ニコリと微笑み挨拶を返す。俺も軽く頭を下げ会釈で応えた。
「昨日は森川が悪かったね」
「そこまで気にしてないから大丈夫よ。ただ気分は良くなかったけどね」
初日に比べて佳蘭の敬語が取れていた。それでもって竹中がそのことを気にした素振りがない辺り、二日でかなり交流が深まったのだろう。それにしても森川の奴昨日なにやらかしたんだ? 今日まで言われるって相当だぞ。
「おれが言うのも間違っているけれども、森川が迷惑かけてすまなかった。あいつ今荒れててさ」
「なにか荒れる原因があったの?」
「森川と仲良くしてた人が自殺したんだよ。同じサークルメンバーでおれも無関係じゃなくて、それを知った時にはおれも流石にショックでさ。だから森川が荒れるのも無理はないっていうか」
思わず全神経を耳に集中させる。間違いない。その自殺した人というのは鉄平のことだろう。それにしてもあいつと鉄平が仲が良かったっていうのは中々想像できないが。
「確かにそれは、荒れるのも無理はないわね」
「そういうわけだから、大目に見てやってくれると助かるよ」
「どれくらい」
「え?」
「どれくらい仲が良かったんだ? 森川とその自殺した奴は」
二人の視線が俺に突き刺さる。突然会話に割り込まれた竹中は、少しだけ驚いたようで一瞬間があったが、少し考え込むと口を開いた。
「部室じゃいつも一緒にいたし、時々パチンコにも行ってるくらいには仲良かったよ」
「どういった人だったの? その、自殺した人って」
「森川と違って真面目な人だったよ有馬くんは。サークル活動もしっかりやっていたしね。いずれはおれの後を継いで欲しかったけど……」
言葉を濁し、竹中は残念そうに首を横に振る。もう少し、もう少し鉄平のことが知りたい。口を開こうとして、勢いよくバーンと扉が開けられる音で吹き飛んでしまった。
「おっはよーございまーす!」
元気よく入ってきたのは桃生緋沙子だった。さっきまでの空気が一撃で変わっちまった。軽く溜息を吐くと、さっきまで読んでいた本へと視線を落とす。こうなっちまったら鉄平のことを聞ける空気じゃない。まだ機会はある。ここで鉄平の話題が出たのは確かな前進だ。チャンスは必ず訪れるはず。
竹中は俺たちにしたように桃生にも挨拶をすると、パソコンを立ち上げキーボードを叩き始めた。大方新作の動画の編集でもやっているのだろう。桃生は佳蘭の近くに座ると、カフェの新作がどうのこうのやら今年の流行があーだこーだ話しかけ、二人で勝手に盛り上がっていた。
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