ダイダロスは覗けない 8


 あいつが泊まるホテルに到着すると、何故か佳蘭はげっそりとした表情を浮かべていた。ベッドに座り込み頭を抱えている佳蘭を尻目に、昨日と同じ椅子に腰を下ろす。珍しいな、コイツがこんな顔してるの。まだロクな付き合いこそないが、ぐったりした佳蘭なんぞイメージがなくて割とガチで意外だった。

「どうしたよ」

「いやちょっとね。……人間関係っていうか男って面倒っていうのを再認識しただけよ」

「いや、ガチで何があったよ」

「森川わかる? 初日に自己紹介だけして帰った人なんだけど。あの人にウザ絡みされてね。それがあんまりにも気持ち悪かったから、強く拒否っただけよ」

 ははーん。佳蘭に振られた腹いせでパチ屋行ったのかよ。にしても森川の奴、佳蘭に手を出そうとしたのか。なんつーか度胸があるというか自惚れ野郎とでも言えばいいのか。

「とはいえナンパする男をあしらうなんぞ、お前のことだから慣れたもんだろ?」

「そんなことないわ。あんまりわたしに言い寄ってくる男なんていなかったもの」

「へぇ。意外だな。見てくれはいいからてっきりモテまくってるもんだと思ったぜ」

 すっきりとした目鼻立ちに透き通るような白い肌と、胸こそないがほっそりとしたスレンダー体型。好みの差こそあれこいつが美少女であることは誰しもが認めるところだ。確かにコイツの醸し出す独特の雰囲気のせいで近寄り辛いが、森川みたいに突撃する馬鹿だってゼロじゃないはず。

「フェロモンて言葉はご存じ?」

「知ってるが……」

 フェロモンて聞くと昆虫が浮かぶ。メスがオスを誘き寄せる匂いだ。そういえば今日の佳蘭からはどこか甘い匂いしていることに今更ながら気が付いた。普段の佳蘭は無臭に近い。少なくともこれといって気になったことはなかった。もしかするとそういうことか?

「普段は人払いも兼ねてそういったのを抑える香水を付けているけどね。今回の調査ではどうしても人同士の交流が発生する。欲を言えば口を滑らせたい。だからそれ用の香水を付けたのだけれど、少し失敗したわ」

「はーん。ようはハニトラかまそうとして自爆したってオチか。悪いな、色々と」

「気にしないでいいわ。少し面倒だっただけ」

 佳蘭は気分を入れ替えるように息を吐き出すと、俺を安心させるように軽く微笑んだ。まあコイツのことだ。慣れていないのも相まって相当強めに拒否ったんだろう。どうせこの調査期間の間だけ。変なことにならなきゃそれでいい。

 それにしても少しだけ合点がいった。コイツの近寄り辛いミステリアスな雰囲気は意図的に作り出している側面があるってことだ。今更になって田畑と加藤の佳蘭評が散々だったのが色んな意味で納得が出来る。そりゃいくら見てくれが良くたって、女として見れないんじゃああいう風になるのも当然だ。

「なんつーか勿体なくねぇか。まあ俺が言うべき言葉じゃないのはわかっちゃいるが」

「そうね。普通の人はそうかもしれないけど、わたしは魔女よ。人間関係なんて煩わしいだけだわ」

「そうかい」

 オトコ絡みだけじゃなくて人間関係そのものか。元々深く突っ込むつもりはなかったが、魔女であることを持ち出されたらおしまいだ。魔女という人種をよく知らない以上俺が言えることは何もない。元々こいつの問題だ。他人がとやかく口出すのは野暮ってもんだし、本人が全く気にしてない以上どうこうする理由もない。

「そういえば高戸の方はどうだったの? なにか収穫あった?」

「なーんもナシ。鉄平が行っていた本屋古本屋見て回ったが、とてもじゃないが「月光」なんてヤバいモン置いてある感じじゃなかった。一応範囲広げて回ってみたが、それらしい店もなかったぜ」

「お疲れ様。とはいえこれで購入したという線は消えたわね。つまりあのオカルトサークル内部に絞られたということになる」

「帰りにパチ屋覗いてみたら森川と会ったぜ。あいつに関しちゃ俺に任せとけよ」

 蛇の道は蛇なんて言葉もある。森川みたいなクズ相手にゃ俺みたいなのの方がいい。何より運が絡むとはいえ布石も打ってある。少なくとも佳蘭が動くよりかはずっとか良い。

「そうね。そこは高戸にお願いするわ」

「他の連中はお前の方が適任だろ。昨日今日で部員と交流深める言ってたがどうよ?」

「竹中さんと品野さんは初日の通りよ。長瀬くんは趣味で小説書いているみたいね。桃生さんとそのことについて色々話していたわ」

 一瞬長瀬?と疑問符が浮かんだがすぐに思い出した。ああ、あの神経質そうな奴か。そういえば佳蘭に本は紙派かどうか聞いていたな。なるほど、小説書いてる人間ならその辺りのこと気にするのもわかる。

「桃生の奴はどうだったんだ? あいつも初日帰っただろ。今日は話せたのか?」

「少しだけね。普通の明るい女の子だったわ」

 ようは見た目通りってことか。明るく活発で人懐っこい。薄々感づいてはいたが、話を聞いてるだけじゃあ得られる情報が少なすぎる。これじゃあ知りたいことも見えてこない。

「明日からは俺もオカルトサークルに顔出すようにするぜ。話だけじゃわからんしな」

「その方がいいわね。選択と集中。オカルトサークルに絞る以上それがベストね」

 あのサークルメンバーの大半と俺自身は人種が違うせいで相性がそこまで良くはないだろう。それでも佳蘭との会話を覗き見ればわかるものが出てくる。明日の予定を決め、今日の報告会はお開きになった。


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