ダイダロスは覗けない 7
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歩きっぱなしで足が重い。これだったらどっかでチャリでも借りればよかったと今更になって後悔する。額に滲んだ汗を雑に拭って空を見上げれば赤みがかっていた。時計を見れば夕方五時を少し回ったところ。少し前に比べりゃ大分日が伸びたな、なんて関係ないことを思う。
わかっていたとはいえ散々な結果に思わずデカい溜息が漏れた。今日一日歩き回って収穫はゼロ。鉄平の行きつけは、別に珍しくもない町の本屋だった。店の大部分は漫画に占拠されていて、その半分ちょいの小説の棚。雑誌と児童書に受験対策の教材、それと文房具とかの雑貨類が置いてあった。よくある感じで、なんなら地元にだってこういう本屋はある。
古本屋の方はもっと最悪で、全国規模の大手チェーン店。まあ店の名前聞いた時から思ってはいたが、こんな所に呪いの本なんぞあるわけがない。むしろあった方が別の意味で怖いレベル。それでも店内を一通り物色はしたし、なんなら古本屋では店員に聞いてもみた。まあ結果はお察しの通り。
もし「月光」のような呪いの本が置いてあるとするなら小汚くて胡散臭い店だろう。鉄平の奴はレトロ趣味的なところがあったし、たまたまそういう店を見つけて物怖じせず入って行って「月光」を購入した、なんて普通にあり得る話だ。
とはいえそんな店も見当たらなかった。アイツの行動範囲の隅々まで歩いて探したし、怪しい店もないと判断していいだろう。鉄平はガチガチのインドア派だし、決まり切ったルーティーンで生きてるような奴だった。教えて貰った行動範囲から大きく逸脱することはまずない。
丸一日歩き回って出た結論が、鉄平が「月光」という本をどこかで買ったという可能性はない。たったこれだけ。明らかに労力に対して結果が釣り合ってない。思わず大きな溜息が出た。
「にしても、この後どうするか」
まだ佳蘭との報告会には二時間以上ある。晩飯にはかなり早いし、適当なラーメン屋で学割頼むつもりだ。安くて旨くて腹も膨れるが、時間は潰せない。さっきは「どうするか」なんて独り言を零したが、俺みたいな人種にとってこういった時の暇潰しなんぞ一択だ。
ジャカジャカと頭ン中麻痺しそうな騒音とキンキンに冷えた店内。適当に見つけたパチンコ屋に足を踏み入れた。
ゆっくりスロットのシマを見て回る。平日の昼間なだけあって客の入りはそう多くない。俺みたいな大学生くらいの若い奴らが大半で、あとはジジババくらいのものだった。
適当に空いてる台のデータを見ながらのんびり歩いていく。折れ線グラフから当たった時の爆発力を。前日前々日の当たり方から傾向を。そして回転数で今の台の状況を把握していく。中々これといった台は見つからない。まあ良い台がなきゃ、最悪漫画コーナーにでも行けばいい。気楽なもんだ。
角まで進んで次のシマに移動すると、どこかで見た顔を見つけた。初めて来た土地で、知り合いなんているはずがないんだが一体誰だ? 目を細め注視する。あー確か森川だ、オカルトサークルの。初っ端で雑な自己紹介だけして帰っていったから逆に印象に残っていた。
台のデータを確認するフリをしながら、森川の様子を覗き見る。叩きつけるようにストップボタンを押していて、イラついているのが見て取れた。熱くなりすぎていて俺の存在に気付いてない。
バシバシ勢いよく回しているが、森川の座っている台に当たりがくる気配はない。回転数を見れば天井まで結構遠い上に、台の挙動からロクな設定が入ってないのがソッコーでわかった。これじゃ仮に当たったとしても単発で終わりだろう。
明らかに回収台だってわかりそうなもんだが、気付かないもんかねぇ。勉強不足に頭に血が上り過ぎて何も見えてはいないのだろう。ギャンブルやってりゃよくあることだ。
無視するように次の台のデータを確認する。ピキンと俺の直観が反応した。素早くデータボタンを押して詳細情報をチェックする。へぇ、面白そうじゃねぇか。ニヤリと口元を歪め、座ろうとして気が付いた。ゲ、これバレファンじゃねぇか。暇潰しじゃ済まねぇぞ。
俺が座ろうとした台の機種バレンタインファンタズム、通称バレファンは所謂オタスロと呼ばれるものだ。アニメ調の可愛い女の子が大量に出てくるオタク向けのスロット台。そのくせ馬鹿みたいに爆発する時があるから、オタク以外の層にも人気があり中々の名機だ。かくいう俺も何度も打ったことがあるし、好きな台の内の一つ。
俺の予想する挙動を取るようなら二時間なんかじゃ圧倒的に足りない。閉店までノンストップで打ち続けるレベルで、勿論佳蘭との報告会に間に合うわけがない。悩む。本気で悩む。まーじどうするか……。
「おい」
「あ?」
いきなり話しかけられ森川は不機嫌そうに顔を歪め、俺の顔を見た瞬間ポカンと空白が生まれる。おそらく俺と同じように見たことあるが誰だかわからず記憶を漁っているのだろう。そんなこと気にせず俺は続けた。
「そんな台に突っ張るくらいなら、こっちの方がマシだぜ」
「は?」
いきなりで意味がわからないのだろう。森川は間抜け面を晒している。まあ普通こんなこと言われることねぇからその反応も無理はない。
本気で悩んだ俺が出した結論が、森川にあの台を勧めることだった。ぶっちゃけ顔見知り以下の関係値しかねえのに、こんな話すること自体マナー違反だがそこは無視する。調査が終わればここに来ることなんぞないし知らねぇ。
「打つ打たないはお前の判断に任せる。当たっても当たらなくても俺は知らん」
それだけ言って俺は足早にそこのシマを抜けて別の台を漁りに行く。これは布石だ。今日の探索でオカルトサークル内部が怪しいという結論が出た。つまりここからは部員との交流が重要になるということ。
初日で帰った二人、森川と桃生。その内桃生の方はまだいいが、森川のあの態度じゃまともに交流なんぞ出来ないだろう。ただあいつがあの台を打つようなら色々と芽が出てくる。交流の接点になるし、バレファンのことだから当たれば大爆発。当然気を良くして口も滑りやすくなる。
ある意味でギャンブルだ。森川がバレファンを打つか打たないかで二択。更にそれが爆発するかしないかの二択。まったくパチ屋に行ってそれ以外のギャンブルやるなんぞ酔狂にも程がある。
打ち慣れたハッピーピエロのシマに移動して、偶々空いてたそれなりに良い台に座り込み千円突っ込む。さっくり一万勝ってその日は終了。時間的にもまあベスト。今から報告会へ行きゃ丁度いいだろう。
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