ダイダロスは覗けない 6

もう少しで夜の八時を過ぎる頃。まだまだ夜はこれからで、人によっちゃあ今から一日が始まるなんて奴もいるだろう。まだ今日という日は残されている。

俺は今、佳蘭の泊まるホテルに来ていた。物珍しくもないありきたりなビジネスホテル。佳蘭と同じ部屋で寝泊まりするってことはない。別に佳蘭の倫理観はイカレちゃないし、俺だってそう。事が済めば目星つけといたネカフェに行って、そこで休むつもりだ。

単純にその日あったことの報告会だ。最初は適当な居酒屋でいいんじゃないかと言ったが、他人がいない所がいいという理由で佳蘭に断られた。まあ話す内容が内容だ。コイツがいいって言うなら俺は構わない。

ホテルに備え付けられている小さな机には椅子が一つしかなく今は俺が座っていた。佳蘭はベッドに腰掛け、ペラペラとノートを捲って今日書き留めたことを見返している。それを見て俺は小さく溜息を漏らす。俺のことを信用しているのか、はたまた襲われてもなんとかなると思っているのか。まあ襲うつもりなんぞサラサラねぇし、どうだっていいが少し気になった。

「わたしの方は特になにもなかったわ。むしろ初日と二日目はサークルメンバーとの交友関係を深めるための期間と割り切ってる。高戸の方はどう?」

「俺の方は若干進展があったぜ。鉄平と同じ学部の奴と知り合えた。鉄平の行きつけの本屋とかアイツの行動範囲がだいたい絞りこめたぜ。明日はその辺りを周ってみるつもりだ」

 鉄平がどうやって「月光」という本を手に入れたのか。ワンチャンどこかの本屋、おそらく古本屋で買った可能性も捨てきれない。教えて貰った本屋は大手チェーン店で、可能性としちゃかなり低いがそれでもだ。

「そうね。捜査の基本は可能性を潰すところから始まるわ。そっちの方面はよろしく頼むわね。それにしても同じ学部の誰かから借りたって可能性は考えなかったの?」

「それはないと判断した。文学部の奴なんざ本好きに決まってる。誰かに貸す前にテメェが先ず読むだろ?」

「確かにそうね。ひとたび読んでしまえばあの本から逃れられない。そうなれば辿る結末は一つよ」

「もう一つ。「月光」の危険性を理解した上で、誰かが悪意を持って鉄平に渡したパターン。話を聞いた感じじゃイジメの類いはなかった。だから同じ学部の誰かからという線はないと判断した。なんかあるか?」

「ないわ。そうね。そうなると明日の高戸の結果次第だけど、あのサークルが怪しいと見た方がよさそうね」

 鉄平は、あのオカルトサークルに結構入り浸っていたらしい。怪しいのはあそこのメンバー五人でほぼほぼ決まりでいいだろう。明日の散策はそれを確実にするためにいくようなものだ。

 唇に指を当て考え込んでいた佳蘭はふうと溜息を漏らす。そのままリラックスするようにベッドに手をついて座りながら上体を反らすと柔らかく微笑んだ。

「それにしてもまさかここまで高戸が有能だと思ってなかったわ。今まで一人でやってきたけど、誰かと一緒にっていうのも悪くはないわね」

「俺の場合は当事者だからな。そりゃガチで動くに決まってんだろ」

 どうでもいいことならいざ知らず鉄平のことだ。いくら俺といえど普段使わない部分もフル活用する。言っちゃ悪いが佳蘭とはモチベが違うわけだ。

「明日は互いに別行動になるわね。会うとしたら、この報告会かしら?」

「そうなるだろうな。今日と同じ時間でいいか?」

「いいわ。じゃあまた明日ね」

 佳蘭と別れホテルを出る。まだまだ夜は元気で、俺と同じくらいの奴らが練り歩いていた。これから飲みにでも行くのかカラオケか。まあどっちでもいい。俺には関係ないことだ。

 ようやく見上げることが出来るようになった月を眺めながネカフェに向かって歩く。真っ黒な夜空にぽっかり空いた丸い月。満月までは若干早い。別に詳しくないから適当だが、この調査期間が終わる頃には綺麗な円を描いている頃だろう。

 僅かだが、それでも確実に進んでいる感覚。俺は俺の親友を死に追いやった存在を許せない。あの日、「月光」を初めて読んだ日の思いをもう一度胸に刻み込み、夜の街を歩いて行った。

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