ダイダロスは覗けない 1
そう、あれは確か小学生だった頃のことだ。理科の授業で教師が雑学を披露するというありふれた光景。
「キミたちは月を見たことがありますか?」
当たり前じゃねぇか。月なんて見たことあるに決まってるだろ。心の中でそう呟き、キツネっぽい顔の男性教師を睨みつけるように見つめた。どういう顔だったかは思い出せるのに、この教師がなんて名前だったか思い出せない辺り時の流れってやつは恐ろしい。
「当然見たことありますよね。ウサギがお餅をついてる姿を何度も目にしたことがあるはずです。でもね、みなさん疑問に思ったことはありませんか?」
「何をだよ先生」
勿体ぶった言い方に、若干イライラが溜まっていた俺は思わず聞き返す。理科の教師はその言葉を待ってましたとばかりに、神経質そうな顔に笑顔を張り付けた。
「では高戸君に聞きましょう。君は満月の時にウサギの餅つき以外の姿を見たことがありますか?」
「ない、けど……」
思わず歯切れが悪くなる。確かにあのウサギに見える特徴的な黒っぽい影しか見たことがなかった。言われるまで気が付かなかった当たり前の日常に潜む疑問。こういったものは俺の大好物だ。思わず口角が上がる。
「月はこの地球と同じ球体です。ですが地球との自転と公転の関係上、地球から見た月はいつも同じ面だけなんです。つまり地球にいては肉眼で月の裏側を見ることが出来ないのです」
「じゃあ月の裏側を誰も見たことないのか」
「昔の人は、ですね。今はロケットがあります。月の裏側を写した写真で見ることが出来ますよ。そうそう。面白い話を一つ。月の裏側にある一番有名なクレーターにはダイダロスというギリシア神話由来の名前がつけられているんですよ。さあ授業の続きです」
そう言って黒板に向かってチョークを走らせていく。正直そこから先の授業内容は覚えていない。俺の頭の中は月の裏側とダイダロスのことでいっぱいだった。
夜空を見上げれば簡単に見ることが出来る月。けれども俺たちに見せるのは同じ顔だけで、決して裏の顔を見せようとしない。だがそれは人間だって同じかもしれない。誰だって他人に見せたくない顔の一つや二つはあるものだ。それを覗き見るには、それこそロケットで宇宙に飛び出すくらいの何かが必要なのかもしれない。
つまりはそう。ダイダロスは覗けない。
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