呪いと魔女 7
*
少しの思考の後ツモってきた牌を手牌に入れ、不要な牌を河へと捨てる。今の俺の順位はケツ。まだ巡目に余裕はある。逆転目指してどっしりと打っていく。
金曜の夜。リーマンが言う華金は、学生にも当てはまる。なんだかんだで先日流れてしまった田畑と加藤との三麻は今日こうして行われていた。
「おいおい高戸ぉ。今日は随分と調子悪いじゃねーか」
「ケッ。勝負は最後までわからねぇぜ。田畑こそ親カブリで泣いたって知らんぜ」
煽りを煽りで返しながら粘り強く打っていく。まだ伸びる。一旦手を崩すことになるが更なる高みを目指して手牌を育てていく。
「そういえば久留主佳蘭とはどうやって知り合ったんだよ?」
特に気にしてない風に、けれども加藤の目は明らかに興味マシマシだった。まあ年中彼女募集中の加藤のことだ。気になって仕方ないのだろう。
一応真剣な場だが、結局どこまでいってもダチ同士の遊びでしかない。駄弁りながらのお気楽麻雀。佳蘭のことを聞かれるのはわかっていた。勿論答えは用意してある。まあ最後の
「別に。大したきっかけなんてねーよ。大学内で迷ってたアイツをちょっと案内しただけ。そん時に気に入られたんじゃね?」
「いや、久留主佳蘭に気に入られるとか何やらしたんだよ……」
「マジ。よっぽどだぞお前」
田畑と加藤の呆れまじりの言葉。まあ二人の言いたいこともわかる。俺も「月光」関連がなければ、関わることなんてなかっただろう。僅かに視線をずらし、月光を隠した本棚をちらりと見る。二人には、真実を話せなかった。
「ぶっちゃけさあ。久留主佳蘭てオンナとしてどうよ? ちなみにおれはナシ」
「お。珍し。加藤クンがあんな美人をナシだなんて。まあオレもナシだけどよ」
「うるせえ。いくら見てくれが良くたってあれは流石にねえよ。いくらおれでも顔だけで女選ぶほどバカじゃねーよ」
パチリパチリと巡目が進んで行く。俺らみたいな奴らが三人集まりゃ、話題なんてギャンブルかオンナ絡みは絶対出てくる。大人しく二人の話を聞きながら黙々と打ち続ける。
「例えるならあれよ。ハリウッドのセレブ女優。確かに美人だけど、街で歩いてたとしてナンパするか? おれには無理だね」
「まあわからんでもないわ。住む世界が違うっつーか。仮に久留主佳蘭と付き合ったとして、デートとかどこ行くよ? テーマパーク?映画館?ムリムリ」
おいおい佳蘭の奴、散々な言われようだな。思わず苦笑いが出るも、二人の言葉もわからんでもない。久留主佳蘭という女は一種独特な空気を身に纏っていて、それが有象無象の
「で、その久留主佳蘭に気に入られちゃった高戸和也クンはどうなん?」
「あン? どうって、お前らが言ってる通りだよ。ただ……」
「ただ?」
「ただそれでも付き合おうってんなら、そいつはガチって事だろうよ。んでもってそんなガチの恋愛なんざ面倒臭くって俺はゴメンだね」
気持ち強めの打牌。ようやく形になってきた手牌のせいもあるだろう。思わず感情が乗って焦る。ギャンブルの基本はポーカーフェイスだ。虎の子の逆転手がこんなくだらない事で悟られたらたまったもんじゃない。
そんな俺の焦りは、どうやら杞憂に終わりそうだ。呆れたように首を振る田畑と悔しそうに唸る加藤。らしくないミスをしたが軽傷で済みそうだ。
「気を付けねぇといつか女絡みで痛い目みるぜ。リーチ」
言葉と同様に放り出された千点棒。安心したのもつかの間、田畑からの親リーという最悪すぎる展開に内心舌打ちをする。折角いい所で……。
内心で苦虫を噛み潰しながら山から牌をツモる。親指の感触。まさかこれは……。目視で確認。来た。この土壇場で張りやがった。顎に手を当て一瞬の逡巡。負けじと俺も千点棒を取り出す。
「リーチ」
思わず頭を抱えて「うがぁ」と呻く加藤。田畑の奴はニヤリと挑発的な笑みを零す。俺の張った手は四暗刻単騎ダブル役満。今までの負けを全部ひっくり返すサヨナラ満塁場外ホームラン。
流石に二人リーチのこの状況で突っ込むことはしない。加藤は慎重に俺たちの現物を選び、ベタ降りを敢行する。完全にこの局は俺と田畑の一騎打ちとなった。どっちの運が強いのか、足を止めてのベタ足インファイト。
今の俺には、確かに流れが来ている。この場面でこんな超大物手を引き込んだのがその証拠だ。
役満でリーチなんてバカの所業でしかない。メリットゼロでただただ極大のリスクだけを背負う行為。だがこれは運の勝負だ。敢えて自分を追い込むことで、掴んだ流れを完全に自分のものにしてやる。
緊張の第一ツモ。俺は自分の負けを悟った。田畑のド本命。リーチをかけている以上、この牌は必ず捨てなければならない。ならないが捨てたくねえ。最後の抵抗とばかりに、田畑の捨て牌から必死にツモったこの牌が安全な理由を探し始める。
「おやぁ。どうしたぁ? さっさと捨てろよ高戸ぉ」
「クソがぁ……」
ねっとりとした田畑の煽りにイライラゲージが溜まる。当たるなという一縷の望みと共に強打する。
「ロオオォォン」
無情にも俺の儚い願いは木っ端微塵に吹き飛んだ。倒された田畑の手牌を見れば想定よりも高い手。あ、これガチでヤバいやつじゃね?
「お、ラッキー。裏が乗って倍満じゃん。これお前トンだ臭くね?」
ただでさえドベだったんだ。親倍の二万四千点なんぞ払えるわけがない。箱下に沈み、思わず仰け反り天井を見上げる。あーチックショウ、ガチで今日はツイてねぇ。
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